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エメラルドの鎮魂歌
第5章 青い鳥の唄
「…奥村とはもう仲良くなったかい?」
入れ替わるようにしなやかに部屋に入ってきたのは、青山だ。
上質なチャコールグレーのスーツに明るい鬱金色のネクタイ、シャツはブルーのストライプ…。
それにとても良い薫りがする。
…世間の人々は国民服に切り替えつつあると言うのに、青山はどこ吹く風だ。
彼は自分の美意識に反する服は絶対に身につけようとしないのだ。
特に衣服や靴など身に付けるものには大変な拘りを持っていた。
藍に関してもそれは例外ではなかった。
引き取られたその日に三越の外商が待ち構え、散々サイズを計られ、夥しい量の服が納品されたことを今更に思い出す。

人好きのする甘い端正な貌に微笑みを浮かべながら、藍に近づく。
キャンバスを見つめ、唸るように呟いた。
「…ああ…いいね、その色は…。なかなか斬新だ」
「うん。奥村さんは親切で優しいよ」
霞町の青山の屋敷は広大ではないが、瀟洒で建物や部屋の隅々まで青山の美意識が感じられるものだ。
その屋敷を奥村は一人で取り仕切り、優雅な英国貴族に仕える執事のように存在している。
使用人は住み込みの奥村以外は通いの料理人と下僕と庭師が一人ずつの少人数だ。
けれど青山と藍だけの住まいなので、充分すぎる人数だった。
「彼は私が子どもの頃から仕えてくれているからね。
母のお気に入りの従者だったが、私が独立するにあたり彼を私の執事にと譲ってくれたのだ。
私が不慣れな執事に世話をされるのは可哀想だ…と心配してね」
楽しそうに語る青山はまるで子どものようだ。

「あんたのお母さんてすごい美人?理想の女性はお母さんて言ってたよね。
あんた、本当にお母さんが好きみたいだからさ」
青山は胸の隠しから大切そうに一葉の写真を取り出し、藍に差し出した。
「…ふわふわのマシュマロみたいにふっくらした可愛らしくて優しい母だ。
…まあ、お世辞にも美人とは言えないだろうが、私には世界一の美人に見えるよ。今でもね」
ウィンクした青山につられて微笑む。
…成人した青山と写っている写真の貴婦人は、確かにふくよかで美女とは程遠い容姿だった。
けれど、その細い目元は人柄が偲ばれるほどにとても優しく、温かい雰囲気が伝わってくるような女性だった。

「…わかるよ…。あんたのお母さんはすてきなひとだ。
…本当のマリア様は、きっとこんなひとだったんだろうな…」
青山は嬉しそうに笑った。
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