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エメラルドの鎮魂歌
第1章 罪と嘘のプレリュード
「八雲、お母ちゃまはごびょうきなの?」
中庭で、二人きりで歩行訓練をしている最中、ふと不安そうに瑞葉は尋ねた。

今朝方から千賀子は産気づき、東翼にある寝室と屋敷全体が慌ただしくなっていたのだ。
人の動きに敏感な瑞葉はそれを機敏に察知したのだろう。

その白く小さな手をしっかりと握りしめながら柔らかな芝の上に瑞葉を立たせると、八雲は目線を合わせ優しく微笑みかけた。
「ご心配には及びません。奥様はご出産準備に入られただけでございます」
「しゅっさん?」
エメラルドの綺麗な瞳が不思議そうに八雲を見つめる。
「お子様が生まれるのです。瑞葉様の弟君か妹君がご誕生になられるのですよ」
途端に瑞葉は貌を輝かせた。
「おとうとかいもうと?
うまれたら、みずはとあそべる?」
瑞葉は同い年くらいの子どもと遊んだことはおろか、見たこともない。
薫子の命令で、西翼の子ども部屋に事実上幽閉されているのだった。
自由に出入りできるのは、屋敷の中と中庭くらいのものだ。
そこすらも来客がある時には禁じられている。
瑞葉の姿を見たことがあるのは、家族と千賀子の実家の両親…そして数える程の親族くらいだった。

「…そうですね。瑞葉様のご兄弟が少し大きくなられたらご一緒にお遊びになられますよ」
そう答えると、瑞葉が感激したように八雲にしがみついてきた。
「…はやくうまれないかな…!みずはのおとうとかいもうと…はやくあいたいな…!」
艶やかなさらさらとした蜂蜜色の金髪が八雲の頬をくすぐる。

…瑞葉様からは伽羅の薫りがする。
不思議なことに、瑞葉の身体からは生まれつき高貴な香の薫りが漂った。
八雲は目を細め、瑞葉の華奢な小さな身体を抱きしめる。
温かく柔らかなその身体は、強く抱けば消え果ててしまいそうに儚げなものだった。

金色の髪に宝石のように美しい翠の瞳…。
白絹のような肌、人形のように整った目鼻立ち…。
一日中見つめても見飽きることのない美しい貌だ。

まだ歩けない瑞葉は、常に八雲が抱いて移動をする。
人見知りをする瑞葉は八雲でないと抱かれるのを嫌がった。

天使のように軽い瑞葉を抱きしめていると、まるで天国にいるような多幸感と高揚感が得られた。

…八雲は擦りよせられた瑞葉の透き通るように白く柔らかな頬に、そっと唇を触れさせた。



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