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エメラルドの鎮魂歌
第8章 エメラルドの鎮魂歌 〜終わりの序曲〜
「和葉!ああ…和葉…会いたかったよ…!」
瑞葉の部屋に和葉が入ってくると、瑞葉は思わず声を上げ、手を差し伸べた。

和葉は海軍の白い軍服姿であった。
呉での演習を終え、来月六月から艦隊に乗船し実戦に加わる。
その前のつかの間の休暇が与えられたので、瑞葉に会いに来てくれたのだ。

和葉は明るく華やかな美貌に温かな笑みを浮かべ、瑞葉を抱きしめた。
その腕は筋肉が硬く引き締まり、細身だがしなやかな鋼のような体躯であった。
とても三つ歳下の弟とは思えなかった。
…こんなに逞しくなって…。
瑞葉は弟の胸にそっと手を置く。

「兄様、久しぶり。僕も会いたかったよ…」
変わらぬ優しい声…。
和葉の胸に抱かれ、瑞葉はうっとりと呟いた。
「…海の匂いがする…和葉…」
身嗜みの良い和葉は、良い薫りのする香水を欠かさない。
それに混じり、仄かな海の薫りが確かに感じられたのだ。
「毎日毎日、船に乗っているからね。
…すっかり日に焼けてしまったよ。別人みたいだろう?」
戯けて笑う和葉のブロンズ色の美しい貌に、白い手を伸ばす。
「…すごく綺麗だよ。…まるでギリシャ神話に出てくるアポロンみたいだ。
男らしくて凛々しくて美しい…。和葉は僕の誇りだよ…」
和葉が眩しげに目を細める。
「兄様に言われると、なんだか恥ずかしいな。
…兄様こそ、奇跡みたいに綺麗だ。
世間は日に日に醜いものに覆われてゆくというのに…。
兄様だけは変わらない。…清らかで穢れない…。
兄様を見るとほっとするよ」
伸ばした手を握り返され、瑞葉は眼を伏せる。
「…そんな…僕は清らかなんかじゃ…」
…八雲との爛れた…倦んだような愛欲の生活…淫らな自分…。
…そして…。

…もう何年も近づいてはいない翡翠色の池…。
…そして…。

…大きな桜の樹…。
その根元には…。

瑞葉は思わず眼をきつく閉じ、和葉の胸にしがみついた。
「どうしたの?兄様。具合でも悪い?」
心配そうに尋ねる和葉に首を振る。
「…なんでもない…。
ただ…少しだけ…こうしていさせて…」
震える声で懇願する瑞葉の華奢な背中を、和葉は黙って優しく撫でた。
「…いいよ、兄様。好きなだけ、僕に甘えて…」
…瑞葉の知らぬ海の匂い…和葉の胸の鼓動…。
それはまるで子守唄のように、瑞葉の心の中に染み入ってゆくのだ…。

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