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エメラルドの鎮魂歌
第9章 エメラルドの鎮魂歌 〜秘密〜
「…八雲。貴方には感謝しているわ。
瑞葉さんを生まれた時から大切に養育してくれて…。
貴方がいなかったら瑞葉さんはきっとここまで生きてはこられなかったでしょう。
…貴方みたいに忠誠心が強い立派な執事は二人といないわ」
千賀子は大袈裟な昂ぶったような口調で八雲を褒めそやした。
八雲は千賀子をじっと見つめた。

千賀子と二人きりで話すのは随分と久々だ。
小さな貌に整った目鼻立ち…。
大きな黒目勝ちな瞳は、色を変えれば瑞葉に良く似ている。
…その紅薔薇のような愛らしい唇も…。

恭しく熱いダージリンを茶器に注ぐ八雲に、千賀子はやや甘えるような眼差しで見上げた。
「…だから…ねえ、八雲。貴方からも瑞葉さんを説得してくれない?篠宮の家に戻るようにと…。
そうすれば、貴方もまた篠宮家の執事に返り咲けるのよ」
「…奥様…」
「歩けるようになった瑞葉さんは、もう社交界でも引っ張りだこのはずよ。あの美貌ですもの…。
…GHQの高官のご令嬢との縁談だってあるかも知れないわ。
そうなったら、篠宮家は安泰よ。
瑞葉さんだって、ここに埋もれて隠遁者のようにずっと過ごすよりずっと良いはずだわ」
何かに取り憑かれたように話し続ける千賀子の前に、八雲は静かに佇む。
「…奥様…。
奥様は本当に瑞葉様が篠宮家の正統な跡継ぎになられるとお思いなのですか…?」

千賀子の長い睫毛が震え、それまでの笑顔が不意に静止した。
「…え…?」

「…お話をしたことはなかったのですが、私の父親は蜂蜜色の髪に、エメラルドの瞳をしていたそうです。
…それはそれは美しかったと亡くなった母は繰り返し話してくれました。私には受け継がれなかったので、とても残念がっておりましたが…」
凍りついた千賀子の貌が八雲を恐々と見上げる。

永遠とも一瞬ともつかぬ恐ろしいほどの沈黙が流れた。

やがて、千賀子の掠れた小さな声が聞こえた。
「…私…ずっと…考えないようにしていたのよ…。あの夜のことを…。
…忘れて…忘れ去ろうとしていたのよ…。貴方も…貴方もそうだったと思っていたわ…。
…あれは…あの夜の出来事は…夢か幻だと…」

八雲の深い瑠璃色の瞳が細められた。
…それは、優しみと言っても良いような不可思議な表情であった。
八雲の美しい手が、千賀子の震える華奢な肩にそっと置かれた。

「…私は、一度も忘れたことはございませんよ。奥様」


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