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エメラルドの鎮魂歌
第9章 エメラルドの鎮魂歌 〜秘密〜
「…私は…一度も忘れたことはございませんでした…。
貴方とあの嵐のように激しいひと時を過ごしたことを…」
「…っ…!…」
絹を引き裂くような悲鳴が、千賀子の喉元から漏れた。
瘧のように震えだす千賀子の肩から手を放す。
窓の外に、季節外れの雪が舞いだした。
八雲は、その儚げな雪を見つめる。

…そう…忘れることなど出来ない筈だ。
あの夜こそ、正にすべての罪と背徳の始まりなのだから…。

…あの日の夜も、今日のように季節外れの雪が静かに降り積もっていた。
あの夜、八雲は最後の戸締まりをしようと庭園を見回っていた。
三月の終わりだと言うのに、夜半から降り出した雪は庭園の樹々や芝生を真っ白に染め上げていた。
雪明かりが白く、ほの明るく辺りを照らしていた。

…ふと、庭番の小屋…庭の手入れ道具や機械などが仕舞ってある簡素な小さな小屋…に人影を認め、八雲は足を向けた。
近づき、その人影にランプを掲げる。

「…奥様…?」
小屋の入り口で座り込み、泣きじゃくるひと…それが千賀子だった。
千賀子は純白の薄いナイトドレス一枚の姿であった。
「如何なされたのですか?そのような薄着で…」
千賀子は静かに涙を流したまま、小さな声で答えた。
「…お義母様に…私が身籠もらないのは…私が醜いからだ…と…私に魅力がないから…征一郎様は私と枕を共にする気にならないのだと…今年中に身籠もらなければ、離縁すると…。
…私…私…もう…死んでしまいたい…!」
取り乱したように号泣し、八雲に縋り付いてきた千賀子を、黙って抱き止める。
…千賀子はよく薫子に叱責され、人目を忍んで泣いていた。
今夜もその類いなのだろうと、八雲は思った。

「…奥様、ひとまず中へ…。これ以上冷えられますとお身体に触ります」
八雲は小屋の鍵を開け、千賀子を中に引き入れた。
このように取り乱した姿の千賀子を屋敷に戻すことは出来なかったからだ。

…小屋の中は狭く、外の気温とさして変わらぬほどに冷え切っていた。
「今、ストーブを点けます。こちらを羽織られて下さい」
自分の上着を脱ぎ、千賀子に掛けようとしたその刹那…千賀子が八雲にしがみついてきた。
「…抱いて…八雲…」
「奥様…」

血を吐くような慟哭が響いた。
「…私は…この家では身籠もらないと用無しなの!
私の居場所はどこにもないの…お願い…抱いて…そして…私を…身籠もらせて…!」

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