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エメラルドの鎮魂歌
第9章 エメラルドの鎮魂歌 〜秘密〜
…その後、二人は一度も関係を持つことはなかった。
親しく話すことも…もちろんあの夜の爛れた情交について、触れることも…。
以前のような主人と副執事の関係に戻り、周囲にも一切違和感を感じさせることはなく、もちろん征一郎にも薫子にも気づかれることはなかった。

…八雲との情交の一夜ののち、不思議なことに千賀子は征一郎に需められることが多くなった。
ある種のフェロモンのような馨しい雌の薫りが千賀子から発せられ、征一郎はそれに無意識に惹き込まれていったのだ。

美しいだけで味気なく女性としての魅力に乏しかった妻が、不意に花開いたかのように艶めきしっとりとした色香を醸し出していることに征一郎は驚き、その身体に溺れた。

連日の性の営みが続くことも多くなった。
征一郎が千賀子に執着し出したことに、薫子は冷笑を浮かべるばかりであった。

夫婦の寝室の支度をするメイドや侍女は、階下の食堂で頬を赫らめながらひそひそと語り合った。
「…旦那様、どうされたのかしらね?
最近は若奥様と早々に寝室に篭っておしまいになるのよ。以前はお帰りも遅くて、寝室も別だったのに…」
「…そう言えば若奥様、とてもお綺麗になられたわね。
旦那様にさぞかし可愛がって頂いているんでしょうね」

含み笑いをしているメイドらを叔父の執事が叱る。
「下世話な話は慎みなさい。
大奥様がお呼びだ。早く行きなさい」
メイドたちは蜘蛛の子を散らすように退散した。

珈琲を飲み終わった八雲が立ち上がったのを見遣り、執事は命じた。
「ドクターがお帰りになる。玄関までお送りしてくれ」
「畏まりました。…どなたかお具合が?」
叔父はやや声を潜めて、告げた。
「…若奥様だ。…どうやらご懐妊らしい」

八雲は、一瞬深い瑠璃色の瞳を揺らした。
しかし直ぐに元の冷ややかな彫像めいた美貌に戻り、一礼ののちに食堂を後にした。





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