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エメラルドの鎮魂歌
第9章 エメラルドの鎮魂歌 〜秘密〜
「…忘れていたわ…忘れ去らなくてはならないと自分に言い聞かせて…私の胸の奥に閉じ込めて…鍵をかけたのよ…」
ぽつりぽつりと、まるで独り言のように呟く。
千賀子の前に置かれたダージリンの湯気はとうに冷めていた。
「…子どもの貌を見るまで、怖かったわ…。
もし…深い瑠璃色の瞳をしていたら…と。
毎晩眠れなかった…。
…けれど…」

…生まれて来た子どもは蜂蜜色の髪にエメラルドの瞳をしていた…。
もちろん征一郎にも似ていないが、八雲にも似てはいなかった…。

「お義母様は激怒されたけれど、私は密かに安心した。
少なくとも貴方を疑われる心配はない…。
お義母様のご先祖のお血筋にこのような容姿の方がいらしたかもしれないと、ドクターのお話しが落ち着いたから…。
…それに…私もそう思ったわ…。あの一夜限りのことで、まさか子どもを身籠もるとは到底思えなかった…。
だってあのあと、征一郎様に抱かれた回数の方が多かったのですもの…」
泣き笑いの表情で見上げた千賀子の黒目勝ちの瞳には、怯えと物哀しさと…そして微かな媚びが漂っていた。

「…貴方は…最初から瑞葉さんが自分の子どもだと思っていたの?」
…あの日…瑞葉が産まれたあの日…。
薫子が千賀子を罵倒して産室を出てゆき、征一郎も母の後を追った。
部屋には千賀子と八雲だけが残された。

…あの夜以来、初めて二人きりになったのだ。

千賀子は泣きながら尋ねた。
「…八雲…。私の子どもはそんなに醜いの…?」
…と。
八雲は抱き上げた腕の中の赤ん坊を見つめ、静かに答えた。
「いいえ、奥様。とてもお美しいお子様でいらっしゃいます。
…蜂蜜色の髪にエメラルドの瞳…。
このようにお美しいお子様を、私は見たことがございません。
…まるで…神様が地上に使わせた天使のようです…」


「…さあ…分かりません。
その時まで、私は半信半疑でした。
…けれど、瑞葉様のお貌を見た瞬間に思いました。
この子は私の子だと…。
この…奇跡のように美しい子どもは、あの甘く膿んだ罪の夜に出来た子どもなのだと…」
千賀子が嗚咽を漏らす。
「…八雲…だから貴方はあんなにも命を懸けて瑞葉さんを育ててくれたの…?」

…その時…八雲は廊下でぎしりと床の鳴る微かな音を聞いた。

足早に近づき、扉を開ける。
彼は我が目を疑った。
深い瑠璃色の瞳が凍りついた。

「瑞葉様…!」




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