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エメラルドの鎮魂歌
第11章 エメラルドの鎮魂歌 〜孤独の魂〜
扉が開くと同時に甲高い犬の鳴き声が響き渡り、白く小さな犬が転がるように、瑞葉に向かって駆け寄ってきた。
「バロン!どうしてここに?」
瑞葉は驚きながら、愛犬を抱き上げた。
バロンは軽井沢の屋敷にいるはずだった。

「君に会えずに寂しがっているのではないかと思ってね」
「青山様…」
扉の前に佇む青山が朗らかに笑っていた。

「…八雲に託されたのだよ。バロンはずっと君を探し回っているから…と。君もバロンに会いたがっているのではないかとね」
不意打ちのように、青山の口から男の名前が出たことに、心臓が止まりそうになる。

「…青山様…」
「…それに…」
ゆっくりと瑞葉の方に歩を進める。
「…八雲は来月、軽井沢の屋敷を去るそうだ。
…正式に執事を退職してね…」
バロンを抱く手に思わず力が入る。
バロンが小さく鳴くと、瑞葉の手からもがいて床に降りた。
「…え…」
…八雲が執事を辞める…。
想像だにしなかったことだ。
八雲はずっとあの屋敷に…いや、篠宮家の執事として存在し続けると思っていたのだ。
自分がフランスに渡ってもずっと…。

「…そう…ですか…」
声の震えを悟られないように小さく答え、俯く。
青山の穏やかな声が、続いた。
「…会いにゆくかね?」
瑞葉の華奢な肩がびくりと震える。
「…もう会えないかも知れないよ。
彼は所在を明らかにはしないだろう」
少しの沈黙の後、瑞葉ははっきりと首を振った。
「…いいえ。会いにはゆきません。彼のしたことを許すことはできません。
貌も見たくはありません」
感情を微塵も滲ませずに答えた。
青山はふっと息を吐き、温かな手を瑞葉の頭に乗せ、優しくその蜂蜜色の美しい髪を撫でた。
「分かったよ。では、もうこのことは忘れよう」
そうして再び扉に向かうと、陽気な笑顔で告げた。
「あと一時間でフランス語の教師が来る。
…彼は君に夢中だな。一緒にパリに付いてゆきそうな勢いだ」
瑞葉は、小さく微笑ってみせた。

…青山が去り、瑞葉の足元で千切れそうに尻尾を振るバロンを抱き上げる。

「…バロン…、お前は八雲といたんだね…。八雲は…」
言いかけて唇を噛み締める。
バロンの柔らかな毛並みに貌を埋める。
…バロンからは清潔な石鹸の匂いしか、感じ取れなかった。

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