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わがままな氷上の貴公子
第7章 不安
大会の時は、緊張感があって当然。
でも考えると、周りの雰囲気さえ憶えていなかった。
集中すると自分だけの世界に入ると言うが、それとは違う。完璧に滑ろうとして、必死だったと言ってもいい。
本当に集中出来た時ほど、周りが見えるようになる。
他のヤツらの得点。観客の拍手や歓声。それさえも分からなくなっていた。
上がっていた、と表現してもいいだろう。
知らず知らずのうちに、拳を握り締めていた。それに気付き、映像を消す。
カナダ大会では優勝出来たが、上手く各国の主力選手と当たらなかったお蔭。
次のロシアで、表彰台へ上がれるかどうか……。
カナダでの優勝で15ポイントは獲ったが、次が9ポイント以下だと下位でのファイナル出場になるかもしれない。
部屋の隅のランニングマシンで、ジョギングを始めた。
今は何も考えたくない。
疲れてすぐ眠れるように、ランニングマシンの速度を上げた。
◆◇◆ ◆◇◆ ◆◇◆ ◆◇◆
「望月。どうしたんだ?」
通しで滑り、呼吸を整えながらコーチの鈴鹿を見る。
冒頭の4回転サルコウも、次の4回転フリップでも回転不足。後半の3サルコウで転倒してしまった。
ステップに切れがなかったのも、自分で分かっている。
ベンチに座り、ゼリー飲料を口にした。
この一週間ほど、食欲がない。
和子さんは色々と考えたメニューを出してくれるのに、少しずつ口にするだけ。
明らかに体力不足。
シーズンに入ってから、あれほど調子が上がっていたのに。
「今日は休むか? マスコミへの対応で、疲れが溜まってるのかもな」
「はい……」
無理して続ければ、ケガをするかもしれない。それだけは避(さ)けたかった。
この時間なら、一階のシャワールームも空いているだろう。
靴に履き替え、荷物を持ってエレベーターに乗った。
シャワールームは一階なのに、押したのは二階。
今日は、アイスホッケーの練習日だ。
リンクの方へ行くと、ベンチにいる選手達が不思議そうにオレを見ている。
オレだって不思議だ。
どうしてここへ来たのか分からない……。
「望月悠斗さん、ですよね?」
一人が言うと、場内がザワついた。