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〜 夏の華 ショートストーリー集〜
第10章 聖なる夜の手紙
…「暁叔父様
お元気でいらっしゃいますか?
僕は、元気ではありません。
…なぜなら暁人の戦死の知らせが、先週大紋の小父様からもたらされたからです。
絢子小母様はそのまま気を失われ、それからずっと武蔵野の病院に入院されています。
今は小父様のことすらお分かりにならないそうです。

暁人の乗っていた海軍の軍艦の沈没と生存者の無しが正式に認定されたそうです。
僕は信じません。
暁人が僕を遺して勝手に死ぬはずがないからです。
そう約束したからです。

松濤の屋敷の東翼は空襲で爆撃され、今は西翼で生活しています。
使用人は軍に徴用されたり、田舎に帰したりで、今は泉と中国人の若いナニーが一人いるだけです。
お父様とお母様、菫はまだ軽井沢に疎開したままです。
僕も来るように戦争中から再三言われましたが、行きません。
僕まで東京を離れたら、暁人が戻った時帰る場所がないからです。

飯倉の暁人の家も空襲で爆撃され、今は跡形もありません。
小父様は武蔵野に家を借りられて、そこから小母様のお見舞いをされています。
みんな、ばらばらになってしまいました。
…けれど、誰一人亡くなってはいません。
泉もとても元気です。
司さんも最近、軽井沢から松濤の屋敷に戻ってきました。
泉は、まだ東京は治安が悪くて危ないのに…と言いながらどこか嬉しそうです。
だから、暁人もきっと元気で帰ってくると信じています。
…でも、夜になるとどうしようもなく不安になります。

思い出すのは、昔のことばかりです。
窮屈な学院生活、暁人と遊んだ屋根裏部屋の秘密基地、鬼ごっこをした温室、菫を仲間はずれにして母様に叱られたこと…、父様の重厚な書斎と優しい笑顔、カイザーと食べた春さんのマフィン、退屈なお茶会、叱られてばかりの晩餐…、華やかな夜会…、婦人や令嬢のドレスの絹擦れの音、香水の香り、葉巻の匂い、メイドや下僕の囁き声、煌びやかな招待客で溢れた舞踏室…、父様と母様の美しいワルツ…、叔父様と月城の甘い笑顔…。
すべてが夢のように懐かしい…。
そうして、もう二度と、帰らない日々です。
暁叔父様に…月城に無性に会いたいです。

…支離滅裂になってきたので、もうやめます。
湿っぽいのは大嫌いですから…。

またお便りします。
…この手紙が、どうか暁叔父様のもとに無事に届きますように…。


縣 薫」
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