この作品は18歳未満閲覧禁止です

- 小
- 中
- 大
- テキストサイズ
魚の骨
第2章 透明

彼と会う日の朝、とてつもない胸騒ぎが毎月のしかかる。
今日に限って体調が悪くて来ないかもしれない、今日に限って外せない仕事が入るのかもしれない、今日に限って、今日に限って、と思いつく限りの心配をする。
人生は良いことは少なく辛いことが多いと大人になるにつれて知っていくと心理学者は言っていた。その集大成が彼に会う日だった。一ヶ月で一番楽しみな今日が来ない日が一番辛い日になるだろう。でも人生はそんなものだから。だからこそ、一番楽しみな日は一番辛い日でもあった。
いつもはかけない電話をかけ、「生きてるの?」「起きてるの?」「もう家は出たの?」と電車の中から連絡をする。既読がつかない一分一秒がチクチクと自分を追い込んでいく。「もう出てるよ」とやっと返ってきた返事に安堵して腰を下ろす。「びっくりさせないでよ!来ないかと思ったじゃん!」と打ててる時は余裕の顔をしている。
いつもの駅でいつもの待ち合わせ場所でいつものように歩いて向かう。緊張して目が眩みそうになりながら、彼の姿を探して直ぐに見つけて隠れる。なんて声をかけよう…あぁ、現実だ。本当に来てくれてる。かっこいい。今日が一番かっこいい。
モジモジしてる私を彼は見つけて「普通にいるじゃん」とお花が咲いてるような笑顔でやってくる。
今日もかっこいいね、なんて言えない。嬉しすぎて声が出ない。出たと思えばまくし立てるように早口で、可愛くできない自分に疲れてしまう。
背が低くてよかった。目が合ったら泳いでしまう。
今は彼のお腹を見て手元を見て、心臓を落ち着かせたい。

