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君と甘い鳥籠で
第1章 1
「顔、見せて?」
「……」
「ね?グレーテル」
 ハンスの低めのテノールがグレーテの鼓膜を擽る。いつもより甘いその響きにグレーテの身体は小さく震えて。
「ちゃんと、顔を見て話したい」
 柔らかな懇願に、観念したグレーテはおずおずと頭を起こした。
 熱を帯びたハンスの眼差しにグレーテは小さく息をのんだ。ドキドキと高まる鼓動も、赤く染まる頬も自分ではコントロール出来ない。ハンスに求められている事がただ嬉しくて。 許されないと分かっているのに、ハンスに抱かれたいと思ってしまう。でも、それが禁忌の関係である以外に、触れてはいけないモノが自分の中にある様で、グレーテを不安にさせる。
 無意識にグレーテは下唇を噛んでいた。僅かにひそめられた眉と潤んだ瞳。ハンスは視界を遮る様に右手で顔を覆うとはっと息を吐く様に笑った。
「何て顔してるの?……ねぇ、グレーテルは自分が何をされ、何をされそうになってるのか分かってる?」
「……」
 ハンスが鎖を持ち上げ、これ見よがしにシャラシャラと音を立てる。
「怒ってないって頷いたけど、本当にコレで良いの?」
 ゆっくりと向けられた瞳は何処か苦しそうにも見えて、真っ直ぐに見返せないグレーテは視線を逸らして小さく頷いた。ハンスが鎖をベッドに落とし、俯いたままのグレーテの顎を掬い上げる。
「ねぇ、グレーテル。ちゃんと拒否しないと僕は君の優しさに付け込むよ?」
 後ろ暗い思いを抱えたグレーテはハンスと目を合わせる事が出来ない。
「わ、私 ……優しくなんて、ない……」

 本当に優しい人だったら、こんな事……しない。
 抱かれたいと願っているのは私も同じ。なのにそれを伝えず全てを兄さんのせいにして、私は兄さんの罪悪感や優しさを利用して縛ろうとしてる……

 視線を逸らしたままのグレーテにハンスがキツく眉を寄せた。

 どうして拒んでくれないの?
 やっぱりグレーテはあの時魔女に狂わされてしまったんだ……

 強く握られた鎖がギシギシと鈍い音を立てる。
「もう、止めてあげないよ?」
 それは今までに聞いたことがない位、暗く重いテノール。グレーテはハンスが背負おうとしている罪の重さを自身に刻み、瞼を閉ざして頷いた。
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