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異聞 ヘンゼルとグレーテル
第4章 3
まさか……

 明け方になると魔女の閨を脱け出してグレーテルがヘンゼルの鳥籠の傍に来るのは毎日の事だった。でもあんなにも乱されて、今日は来られないだろうと思っていた。それなのに……
 ハタ、ハタと覚束無い足音と共に、グレーテルの姿が暗闇の中に浮き上がる。ドロワーズの上に羽織を掛けただけのしどけない姿にヘンゼルの胸がドキンと大きく拍を打った。
「グレーテル……」
 掠れたその呼び掛けに、俯いていたグレーテルの頭がゆるゆると持ち上がる。
「……おにい、ちゃん」
 視線が絡んだ瞬間グレーテルの眉が下がった。泣き腫らして赤くなった瞳に見る間に透明な膜が盛り上がり、直ぐにポロポロと零れ落ち始める。
「グレーテル」
 鳥籠の柵ギリギリまで駆け寄り、グレーテルに向かって手を伸ばす。同じくぎこちないながらも足早に歩み寄ったグレーテルはヘンゼルの手を取ると胸に抱え込み、その場に崩れるように座り込んだ。
 魔女に聞かれることを恐れ、声を殺して泣き出したグレーテルをヘンゼルが柵越しに抱き寄せる。
「怪我させらせてない?痛いところは大丈夫?」
 身体には、怪我も痛みも存在しない。深い傷に血を流し、ドクドクと痛みを訴えるのはグレーテルの幼い心。でもそれをヘンゼルに訴える事は出来ない。
 嫌だった筈なのに、気持ちが良いと、もっとして欲しいと思ってしまった。口にしたのは魔女に命じられたからではあっても、それを望んだのは紛れもなくグレーテル自身で。そんな自分が恥ずかしく、ヘンゼルに知られるのは嫌だった。
 ふるふると首を降り、ヘンゼルの手を抱き締めて静かに涙を流す。痛々しいグレーテルの姿にまさか何をされていたのか聞ける筈もなく、ヘンゼルは黙って華奢な身体を抱き締めた。

 こんなにグレーテルが傷付けられているのに、僕は何もしてあげられない……

 間を遮る冷たい柵に心まで遮られている様で。ヘンゼルは瞼を閉ざし、グレーテルを抱く腕に力を込めた。少しでも彼女の近くで確かな存在として感じて欲しかった。

 グレーテルが閨を出た時から様子を伺っていた魔女はそのまま二人が眠りに落ちるまでを確認してから、黙って遠視を閉じた。ゆっくりと立ち上がり、窓を開いて朝の風を部屋の中へ招き入れる。白み始めた空へ視線を流した魔女の瞳には細い月が写っていた。
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