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異聞 ヘンゼルとグレーテル
第5章 4
 不意に浮かんだ感情に魔女が顔をしかめて立ち上がる。

 二人は餌だ。
 餌に過ぎない。

 情事で寝乱れた夜着を整え、扉を開け放とうとした手が止まった。疲れきったグレーテルが柵越しにヘンゼルへその身を預け、コトリと眠りに落ちる様子が遠視で見えたのだ。

 …………

 飲ませたのは何時もと同じ薬草茶。にも関わらず昨夜のグレーテルはいつになく快楽に素直だった。魔女にはその愛らしさから無理をさせた自覚があった。眠りに就いたのであれば、そのまま休ませてやりたい。そう思った自分に眉ねをキツく寄せる。

 人間ごときに私は何を……

 腹立たし気に舌打ちをして踵を返す。諸々不愉快なのにグレーテルを起こそうとは思えない。その事がまた魔女を苛つかせる。魔女は窓を開け放つとその縁に手を掛け、ヒラリと飛び降りた。
 風の精霊を従え、空高く舞い上がる。登り始めた朝日を背に魔女は夜を追いかける様に西の空へと飛んだ。向かったのは人の足では到底辿り着けない森の奥深く、高く聳える山々の麓にひっそりと佇む青い泉。雪解け水が涌き出て出来た澄んだ泉は精霊に満ち、魔女のお気に入りの場所の一つだった。
 静かに畔に降り立ち、帯を解く。夜着を脱ぎ捨てると魔女は泉に歩み入った。身を切る様に冷たい水の中のから精霊が舞い上がり、青く燐光しながら魔女の白い裸身を包む。精霊に誘われるまま、魔女はその身を泉の奥へと踊らせた。


 目を覚ましたヘンゼルは窓から射し込む日の光が何時もより高い事に驚いて飛び起きた。グレーテルはまだ鳥籠にもたれた姿勢で眠っている。
「グレーテル、起きて」
 柵の間から手を伸ばしてグレーテルの華奢な肩をそっと揺する。家の中はシンとしており、魔女が動いている気配はない。

 魔女が起きる前にグレーテルを起こさなくちゃ……

「グレーテル、グレーテル」
 なるべく声は抑えて、グレーテルの肩をゆらす。魔女の許へなど行かせたくない。でも、このまま自分の所にいたら何をされるか考えるのさえ恐ろしかった。怒りを買うのが自分であれば良いものの、魔女がグレーテルを叱り付けるのは目に見えていて。
「ね、起きて?起きよう、グレーテル」
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