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異聞 ヘンゼルとグレーテル
第5章 4
 もう一度強くゆすると漸くグレーテルが目を開いた。ヘンゼルをその目に捉え、ふぅっと柔らかな笑みを浮かべる。
「ん……おにいちゃん?」
 愛らしい微笑みにまだまだ眠り足りなそうな甘えた声。ヘンゼルの心臓がトクンと跳ねた。

 可愛い……

 とろりとした眼差しで見上げられて、益々ドキドキしてしまう。どんなに甘やかせてあげたくても、それが叶う事はない。ヘンゼルは泣きそうな自分を必死に抑え、グレーテルの頬を軽く撫でた。
「ほら、もう起きなくちゃ。魔女に気付かれてしまうよ」
「……」
 グレーテルは縋る様にヘンゼルを見詰めた後、視線を落としてゆっくり頷いた。
「ん、いってくる」
 両手を床についてゆっくりと立ち上がり、気が進まないまま魔女の部屋へと歩き出す。寝起きのグレーテルの足取りはふらふらと不安定でおぼつかない。
「気を付けて」
 思わず声を掛けたヘンゼルにグレーテルがゆっくり振り返った。
「ありがとう、おにいちゃん」
 力なく微笑むグレーテルの心中を思うとヘンゼルの心は張り裂けそうだった。何もしてあげられない自分が悔しくてたまらない。

 :鳥籠(ここ)から出られたら、逃げ出すことは無理でも魔女の命じられる仕事をいくらか肩代わりしてあげられるのに……

 硬くこぶしを握り締め、ヘンゼルは魔女の閨へと入って行くグレーテルの後ろ姿を黙って見送るしか出来なかった。

 音を立てない様にそっと扉を閉ざし、グレーテルは小さく息を吐いた。そろそろとベッドへ歩み寄り、魔女の寝顔をのぞき込む。目じりの吊り上がった切れ長の目はしっかりと目蓋で覆われていて。ホッとしたグレーテルはいつもの様に魔女の肩をトントンと軽く叩いた。
「おはようございます、ごしゅじんさま」
 まだ寝起きのままのグレーテルの舌足らずな声にピクリと震えた目蓋がゆっくりと持ち上がる。現れたのは漆黒の瞳。真っ直ぐ見据えられてグレーテルは思わず一歩ずり下がった。
「今日は随分と遅い朝だね」
「ご、ごめんなさい。おきられなかったんです……」
 肩を竦め、怯えた瞳を隠すように俯いたグレーテルに魔女の胸がシクリと痛む。でも、それを表に出すことはない。ギュッと眉根を寄せ、魔女は顔をしかめてグレーテルの腕を掴んだ。
「まぁ、たまにはゆっくりベッドで過ごすのも悪くない」
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