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第2章 晦日(つごもり)


(生、理――)

「…………いや…………」

 目の前に突きつけられた朱い現実に慄然とし、雅は弱々しく呟いて首を振った。

「いや……っ!」

雅は血から逃れる様に、シャワールームの中を必死に後ずさる。

身体がどんどん、大人になろうとしている。

身体と心のベクトルが全く逆のほうへ向かって進んでいき、雅は自分の中の何かが引き裂かれそうな恐怖を感じた。

(いやだいやだいやだ……おとななんかになりたくない。わたしはあんなみにくいおとなになんかなりたくない。おとなになったら……………………おにいさまといっしょにいられない――)

蛇口を捻ると頭上のシャワーヘッドから勢いよく、暖かい湯が降り注いでくる。

雅は制服が濡れることなど構わず、必死に足の血を手の平で拭った。

しかし血は止まることはなく、シャワールームの足元はお湯で薄まった薄紅色の血に満たされ、籠もった空気は鉄臭い血の匂いで充満していく。

(いたいよ、いたいよ、おにいさま――!)

頭の中が痛みと恐怖で支配された雅は、幼児のように声を上げて泣きじゃくった。
         

                 




ヤブ医者こと武田は、パーティーで知り合った医師で、幼女しか恋愛対象に出来ない稚児趣味、いや――変態だった。

英国混血の芸術品のような造形美の容貌、将来を嘱望されている整形外科医であれば女達が放って置くはずもなく、社交の場でも当初は下にも置かないほどの人気であった。

しかし成人女性に興味が持ってない本人には、迷惑以外の何物でもない。

いい加減面倒になってきた武田は、ある日のパーティーで直ぐに彼を取り囲んできた淑女達に向かって、

「僕って幼い女の子にしか、興味が持てないんですよね〜」

とジャブをかました。

取り巻く淑女達は「またご冗談を」と笑い合ったが、武田はそれを制するように優雅に右腕を持ち上げた。

「ああ、ほらあそこの少女なんて、華奢な子供体型で、成長期特有の胴の短さと足の長さのアンバランスさが絶妙で……。骨格標本として全角度から愛で崇めたいくらいに素敵だ――」

武田は謳うように語ると近くにいた少女を指差して、取り囲んでいた淑女達にうっとりと微笑んだ。

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