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第10章 居待月(いまちづき)

(寂しい……この人は、酷く寂しい――)

最愛の兄を他の女に奪われ、また、その女の子供にも、これから兄の愛情を掠め取られていく。

その身に与えられたものは、周囲からは羨望の的であるのにも拘らず、無頓着で、孤独で――不器用。
 
「雅様……貴女が記憶を失われた期間に、貴女は私にこう仰いました。『月哉様は自分の太陽で、自分はその光によってしか輝くことが出来ない、月の様な物』――と」

東海林はグランドピアノのヘリを撫でながら、静かな声で語りかける。

「…………………」

「私も、最初はそう思っていました。しかし、私は最近、こう思うのです……『月』は、月哉様のほうだと――」

東海林は俯いたままの雅を見つめる。

「雅様が、命を捨てようとされた事を知られた後、月哉様も貴女以外のものを手放そうとなされました。奥様も、会社も、鴨志田の名も――」

はっと、雅が顔を上げる。

雅の漆黒の瞳が、除々に大きく見開かれていく。

「……お兄様が……私の為……に……?」

雅は信じられないという顔をしていた。

「月は裏側を見せない――」

知っていますか、と東海林は雅に問う。

雅は首を小さく振って見せた。

「月は地球の衛星で、約三十八万キロ離れた地球のまわりを、およそ二十七日で一周します。月は公転運動と自転運動の周期が同じため、地球からは同じ面、つまり私達の知っている『表側』しか見えないと言われています」

東海林は聞き入っている雅の顔を見つめなおす。

「雅様……貴女は、月の『表側』しか見ていないのではありませんか? 十六歳で両親を失った月哉様の心に空いた穴――確かに、今までの月哉様はその穴を埋める為、ご自分のことで精一杯だったのかもしれません。

 月哉様もずっと、寂しかった……。私には、月哉様が唯一の肉親である貴女を『自分だけのものにしていたい』 そう思っているように見えるのです――」

東海林の言葉に耳を傾けていた雅はしばらく沈黙していたが、遠い目をして呟く。

「……加賀美先輩にも、前に言われた事があるわ……お兄様が私を独占したがっている、と――」

「加賀美様が、そんなことを……」

東海林は加賀美の洞察力に驚いた。

唯のお金持ちの坊ちゃんだと思っていたが、そうではなかったらしい。

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