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第11章 寝待月(ねまちづき)

ゆるゆると周りが薄暗くなる。

ここは、土手だ。

中学生のとき毎日通学で通った、あの土手。

(美耶子を死なせた場所……)

「お姉ちゃん!」

直ぐ隣に紺色のセーラー服を着た美耶子が笑顔で立って、こちらを見上げている。

「美耶子――!」

「お姉ちゃん、子供が出来たの? 私の甥っ子よね?」

そう言われて下を向くと、敦子の腕の中にはさっきまでは居なかった、月都の重みがあった。

「かわいい……」

美耶子は愛らしい目をくるくるさせて、月都の顔を覗き込む。

「そういえば、月都の都は『美耶子』でもあるわね、雅さん……とてもいい名前を付けてくれたわ」

美耶子がもっと喜んでくれるだろうと、その顔を見つめ返す。

「………………」

「美耶子……?」

「……お姉ちゃん、私……もっと生きたかった。そしたら月都を抱っこできたのに……」

笑顔を貼りつかせた美耶子の額から、つつっと赤い血筋が伝っていた。

「……美、耶子……」

敦子は驚いて後退る。

「私……なんで死んじゃったのかしら?」

笑っていた美耶子の顔が般若の様な怒りのそれになり、目が爛々と輝き始める。

「ひ……っ!」

「ねえ、お姉ちゃん………わたし……なんで、しんじゃったのかしら?」

美耶子は頭からぼたぼたと血を滴らせながら、敦子たちの方へ手を伸ばし、ゆっくり歩み寄ってくる。

「――――っ!」

「ねえ、おねえちゃん……なんで、おねえちゃん、だけ、しあわせ、なのかしら?」

敦子は逃げようとするが、足がすくみ、後退る事ぐらいしか出来ない。

異変を察知した月都が腕の中でぎゃあぎゃあと、けたたましく泣き叫ぶ。

美耶子が近くまで血に染まった手を伸ばしてくる。

途端に生臭く鉄のような血の匂いが鼻をついた。

「……美耶子っ……! やめてっ!」

「ねえ~……おねえちゃ~ん~……」

敦子は意識が遠くなり、目の前が真っ暗になるのをただ感じているしか出来ない。

黒くて粘度の高い汚泥の中に沈み込んでいくような気持ち悪さの中、美耶子の声が遠くに聞こえた。


「……ゆるさない……ゆるさないわ……おねえちゃんばっかり……しあわせになるなんて――」



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