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第12章 更待月(ふけまちづき)

ひゅう、と息の漏れる音が聞こえ、薄く目が開かれる。

「……こ……」

敦子が身じろきして、何かを伝えようとする。

「動いてはいけませんっ……奥様、何故このような事を!」

東海林は敦子の手を取り、必死で呼びかける。

「……ゆ、るして……ゆ……るして……みや、こ……やこ……」

(みやこ……?)

敦子はかっと目を見開くと、そのまま動かなくなった。首で脈をとると、既に事切れていた。

「……奥様!」

鈴木や使用人達が、騒ぎを聞き付け駆けつけて来た。

東海林は手早く事情を説明する。

鴨志田病院への救急要請や警察への通報が、使用人達によって慌しく行われる。

(月哉様にも説明しなければ――!)

東海林は人だかりの中から月哉を探し出そうとしたが、見つからない。

(こんなに大変な騒ぎにも関わらず、一体どこへ?)

視線を感じふと四階を仰ぎ見る。

月哉は放心したように、踊り場に立ち尽くしていた。

「……月哉様……?」

足元にしゃがみこんで怯えている雅と月都を気遣うでもなく、敦子に駆け寄り咽び泣く訳でもない。

駆けつけた警察が着くまで月哉はそこから微動だにせず、ただ敦子の血が流れ、赤黒い血溜まりが広がっていくのをじっと見つめていた。



月哉達兄妹をはじめ、屋敷中の者、敦子の関係者が、警察から事情聴取を受けた。

勿論、東海林も最後に敦子と接触したものとして聴取を受けていた。

月都を抱いた敦子を三階から見つけ、敦子が月都を階段から落とそうとしているように見えたが、何かに怯えていたようだった事、四階の非常階段に雅がいて敦子を止める声を聞いたこと、敦子の最後の言葉を聞いたことを、聞かれるがまま答えた。

「……みやこ……ですか?」

持田と名乗った刑事は、怪訝そうに東海林に確かめる。

「はい……確かに『許して……みやこ』と言われていました」

「……美耶子は敦子氏の実の妹です、十三歳の時に転落死した」

刑事は一枚の写真を取り出して見せる。

長い黒髪の少女が紺色のセーラー服を着て、にっこりと自信満々な顔で写真に収まっている。

大きめの口が、敦子によく似ていた。そして……、

「少し、雅様に似てらっしゃいますね」

薔薇のように自信に満ち溢れた鮮やかな微笑みと、大きな黒い瞳が二人は相似している。

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