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第13章 下弦の月

八月十一日
 ネットに書き込んでやった。
 あの女なんか、傷モノになってしまえばいい。
 先輩が私の邪魔をしているようだ。

八月十三日
 私は『駒』だ――。


「加賀美さん、これはどういう意味かわかりますか?」

東海林は加賀美に見えるよう、日記を向ける。

「その日に、俺との婚約を言い渡された筈なんです……」

加賀美はやるせなさそうな顔をして俯いた。

(そうだった。雅様は月哉様から婚約を言い渡されて……ご自分を政略結婚に使われる『駒』だと……)


八月十五日
 あの女が来た。
 嘘八百並べて……私はあの女に殺されたのに!
 もう疲れた。
 人を騙すのも、自分を偽るのも――。
 私はどこまでいっても、独りぼっちだ。
 お兄様、いつまでも愛しています――。
 

日記はここで途切れていた。

東海林が八ヶ月分の日記を読み終えて顔をあげた頃には、外にはもう夕闇が広がっていた。

いつの間にか、テーブルには冷めたコーヒーが置かれていた。

「……俺は、雅がやってきたことの大部分を、知っていました。鴨志田社長を男として愛していることも……」

加賀美は力なく呟く。

「……どうして」

東海林は眼鏡の奥の瞳を見開いて驚愕した。

自分は何も気付かなかった――雅の月哉への依存以外は何も……。実は雅本人による手記を目の辺りにしても、まだ信じられない自分がいる。

「見てきましたから、ずっと――。雅が初等部に入学してきたときから。俺……雅の両親が亡くなる少し前位に、雅と会った事があるんです……」

「……初等部に上がったばかりの俺は体が弱く、臥せってばかりで、将来を絶望視されていました。加賀美は弟に継がせるしかないと決断した家庭の中で、居場所がなかった……。

 ある日連れて行かれた鴨志田家の雅のバースデーパーティーでも熱を出してしまい、家族から離れて隅で休んでいると、雅が目の前に立っていた――」


「お兄ちゃん……痛いの?」

ふんだんにフリルをあしらった白いドレスを着せられた雅は、首を傾げて加賀美の顔を覗き込んできた。

動く度にフワフワとレースが広がり、まるで白い泡のようだった。

「……あっち行けよ、綿菓子」

今日の主役の雅に、小さな声で言い捨てる。

(主役は皆にちやほやされてれば、いいんだよ……)

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