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第13章 下弦の月

加賀美が首を傾げて見せた。

加賀美は雅が記憶喪失になり破談になってから、鴨志田家を訪れていなかった。

「ええ、奥様に頼まれて、雅様がお付けになられました」

「高嶋さんが雅に……?」

明るい色の髪の間から見える滑らかな額に皺を寄せて、加賀美は怪訝な顔をした。

「……記憶を無くされた雅様は奥様の事をお姉様と、それはお慕いになられました。雅様はまだ社交の場に不馴れな奥様のフォローもされていたので、奥様も頼りにされて……私には理想的な兄嫁と義妹に見えました」

雅は敦子をお姉様と呼び、日々大きくなるお腹を愛おしそうに撫でていたし、身重になった敦子を気遣って手を貸したりしていた。

鴨志田に入ったばかりの敦子は最初、雅のことを警戒していたようだったが、記憶を無くしていたことと無邪気に姉と慕ってくれる雅に心を開き、東海林には二人は家族としてうまくやっているように見えた。

「……にわかには信じられないですね」

加賀美は皺を刻んだまま、首を振って見せた。

「確かに最初は、私も月哉様も訝りました、雅様が最愛の兄の子供を手放しで喜ばれたのが、余りにも不可思議で……」

「……………」

「しかし雅様は月都様のことを、愛していらっしゃいます。まだ生まれる前から胎教に良いからと、ピアノやバイオリンを弾いて聞かせたり……」

「そりゃあ、最愛の兄の子供だけなら、可愛いでしょう……」

加賀美が東海林を遮って突っ込む。

「……加賀美さん……」

言い淀む東海林をひたと見据えると、加賀美は意を決したように口を開いた。

「高嶋さんは出産後四ヶ月で亡くなったのですよね、ちょうど四ヶ月……」

「……そうなりますね」

東海林は加賀美の言わんとしていることを図りかねたが、細長い指で指折り数える。

「俺、ネットで調べてみたんですが……ユニセフやWHOでは『最低四ヶ月間、母乳だけで育てることが赤ちゃんにも母親にも、明らかに健康上の利点がある』と示す証拠が、数々挙がっているのだそうです。

 つまり……高嶋さんは必要最低限の母親役しか出来ず、この世を去ったわけです。恐らく……誰かによって故意に……」

(誰かによって……)

加賀美の想像の域を出ない指摘を、東海林は溜め息を付いて一蹴する。

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