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第13章 下弦の月

自分の寝食を後回しにして月都の世話をし、また痩せてしまった雅はとても軽かった。

グレーのワンピースから覗く白い首筋や手足は、滑らかで傷ひとつなく、今は力が抜けてだらりと垂れ下がっていた。

(軽くて……細くて……まるで中身が空っぽになってしまった、糸の切れた操り人形……)


『このまま攫ってしまえ』


東海林の頭の隅で、悪魔が囁く。


『お前はこの少女が欲しいのだろう? いいじゃないか、攫ってしまえ。その方がこの少女にとっても……この少女の兄にとっても幸せだろう』


(欲しい……私は、雅様が、欲しい――)

毎日毎日、雅に会っていても、尽きることのない、雅を欲する――この餓(かつ)え。

その囁きは余りにも甘美で魅力的で、一瞬にして東海林の正常な判断力を犯した。

取り憑かれたように、雅を抱えたまま寝室を後にする。

(この時間であれば、正面玄関のほうが使用人に見つかる可能性が低い)

広いリビングを通って私室から出ようとした時――、その視界に暗闇の中でしっとりと輝くグランドピアノが目に飛び込んできた。


『悪魔に魂でも売り渡したのですか――?』


東海林は、はっと我に返り、歩を止めた。

腕の中の雅はまだ気を失ったかのように、深い眠りについていた。

(馬鹿だ……私は……大馬鹿者だ……。雅様を攫って、月哉様から遠ざけても、貴女は笑ってくれない……。私が欲しいのは……貴女の空虚な黒い瞳に映る、私ではない……)

「……私は……もう……貴女に、囚われてしまいました――」

東海林は雅の額に唇を付け、細く掠れた声で雅に囁くと、寝室にゆっくり引き返した。

雅をベッドに寝かせようとその身体を下ろすと、寝ぼけた雅が首に腕をまわしてすがり付いてきた。

暖かい体温が布越しに東海林に浸み渡ってくる。

「……お兄様……」

東海林の耳元で小さく呟いた雅の頬に一筋、涙が伝って落ちていく。

「……――っ」

(ああ、この世に本当に神がいるのならば、私に与えられる加護を、全てこの人に与えてください……この小さくて、淋しい、愛しい人に、どうか――)

東海林がぎゅうとその体を抱き締め返すと、雅が身じろぎして目を覚ました。

ゆっくりと開けられた瞼から、黒く濡れた瞳が覗く。

「……東海林……? 今日も……来てくれたのね……」

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