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第2章 晦日(つごもり)

「お嬢様、これで宜しいですか?」

セットをしてくれていたメイドが、鏡越しに尋ねてくる。

手を引かれて立ち上がり、姿見で全体のバランスを確認する。

真紅のドレスは胸元に大振りの薔薇が幾つもあしらわれており、貧相な胸を目立たなくしてくれる。

バックスタイルも、腰にスワロフスキーが散りばめられた大きなリボンがあしらわれているために、雅の凹凸の少ない華奢な体型がカバーされる。

ハーフアップにして貰い、長いストレートの黒髪は垂らした。

「これで良いわ、ありがとう」

兄と出掛けるならば、淡い色彩で可愛さをアピールしたデザインの装いを選ぶが、そうでないときは自分の長い黒髪に映える物を選択している。

「雅様、よくお似合いですね」

私室の入り口に、兄の第一秘書の東海林(とうかいりん)が立っていた。

兄の都合が付かず雅が名代として社交の場に出席する際は、いつもエスコートをしてくれている。

「東海林……ごめんなさいね、急にこんなことになってしまって」

雅は東海林に近付くと兄よりさらに背の高い秘書を、申し訳なさそうに見上げる。

三十代半ばで働き盛りの彼は物腰が柔らかくて品が良く、切れ長の繊細そうな瞳は眼鏡に隠されている。

「とんでもございません、加賀美家のご子息でしたら、雅様の御同伴役に相応しい方です。ただ雅様のお気持ちを汲まずに、一方的に決められたことでなければよいのですが」

東海林は心配そうに、少し首を傾けた。

「東海林……ありがとう。貴方はいつも私の気持ちを優先してくれるのね」

雅は東海林を心配させないように、微笑んで見せた。

東海林が鴨志田に入社したのは約十年前、雅が四歳の頃だ。秘書室に配属された彼は当時兄の代わりに社長代理をしていた宮前の叔父に付いて、何度も鴨志田家を訪れてきた。

(お兄様が直ぐに東海林を気に入ったから、私も第二の兄の様に慕い始めたのよね――)

そうして東海林は、兄が大学在学中に鴨志田の実権を握り始めた頃から、兄に付いている。

「……本当は今日、先輩から同伴を誘われてお断りしたの。でも加賀美代表を通されては、断れないわよね……。大丈夫、一度付き合えば飽きてくれるでしょう。なんて言ったって先輩はプレイボーイですもの」

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