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第2章 晦日(つごもり)

「雅」

ふいに、硬い声で背後から呼ばれる。振り返ると、月哉が真顔で立っていた。

(お兄様――?)

ただ立っているだけなのに漂ってくるような色香に、雅は吸い寄せられるような錯覚を覚える。

月哉は余裕たっぷりに笑うと、優雅に上げた両腕を開き、誘うように言った。

「行って来ますのハグは?」

「……………!!」

(お兄様――!)

雅は頬が緩むのを止められず、赤いドレスの裾を翻しながら小走りで月哉の胸に飛び込んだ。

月哉は雅をぎゅっと抱き締めると、屈んで頬に軽くキスを落とした。柔らかな唇を感じた途端、雅の薄い胸がぎゅうと締め付けられる。

雅は兄の瞳を気持ちを込めた潤んだ瞳で見あげる。

(ああ………お兄様はそうやって、私の全てを支配していればいいの――)

「……うちの可愛いお姫様。楽しんでおいで、行ってらっしゃい」

月哉は抱いていた腕を緩めると、目を細めて微笑んだ。

「……行って参ります」

雅はそう言って部屋の出口を振り向く。

加賀美は扉の前で少し驚いた顔をしていたが、雅と視線が合うとニコリと笑った。

加賀美家の車に乗り込み出発すると、隣に座った加賀美は急に笑い出した。

「なるほどね~~、あんなに素敵な兄上に溺愛されたら、そりゃブラコンにもなるわ」

「………………」

雅は加賀美の挑発など無視して、前を見る。

「学園じゃあ冷めた表情しか見せてくれないのに……あんな甘い顔も出来るのな」

「………………」

「あれ、無視? いいの? そんな態度とって」

雅の方へ体を向けた加賀美は、ニヤリと意地悪そうに笑った。

「俺にもキスしてよ」

加賀美は雅の顎をくいと持ち上げて、強引に視界に入り込んでくる。

その顔には誰からも愛されてきた者特有の、自信がちらついて見えた。

(加賀美家の車に乗り込んだのは、失敗だったわ――)

運転手も助手席にいる使用人もやり取りが聞こえていない筈はないのに、主の女癖の悪さには慣れているのだろう、雅を助けようという気配はない。

あけすけな侮辱に、喉が内側から締め付けられる。

(私が加賀美家に何をしたというのだ――!)

「馬鹿にしないで」

雅は腹から絞り出した堅い声で拒絶し、添えられていた手を払い除ける。

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