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第3章 三日月

笑いかけられた本人も廊下からチラチラ覗き込んでいた社員達も、雅にメロメロという感じに頬が緩んでいた。

「雅さん、少し早いけれど出ましょう」

敦子は雅に「駄目だこりゃ」と肩をすくめて見せると、立ち上がった。

会社が入っているビルの正面玄関から出ると、敦子は道端にて手を上げ、タクシーを止めた。

雅は内心びっくりしたが、顔に出さないようにする。

いつも運転手がいるのでタクシー自体にも殆ど乗った経験がなく、ましてやタクシーを電話などで依頼するのではなく道端で手をあげて止めるなど世間知らずな雅は、はしたないと感じてしまうのだ。

タクシーに乗り込むと、敦子は鴨志田の本社がある六本木の住所を言い、ふぅとシートに落ち着いた。

「ごめんなさいね。雅さんがあまりに可愛いから、皆構いたくてしょうがないのよ」

敦子が先程の事務所での件を詫びてくる。

車内を目の動きだけでキョロキョロ観察していた雅は、敦子に話しかけられて我に変える。

「いえ、皆さん気さくで楽しい方達ばかりですね。私、弁護士さんて物静かな人が多そうだと思っていました」

「ふふ、幻滅されてないといいけれど」

そう言って敦子は苦笑いをする。

(あら――? この人私に砕けた話し方をするのね、それに得意先の令嬢だというだけで、媚びへつらったりしないのね――)

雅は無意識に敦子を見つめてしまっていたらしく、お互いの視線が合う。

「そう言えば、木村先生はご一緒ではないのですね?」

慌てて視線をそらしながら、雅は当たり障りの無い話題をふる。

「重要な案件でない場合は私一人で伺っているの、木村にはあとで報告しているのよ」

本日の打ち合わせ内容のヘルスケア部門のアジア進出に際しての法体制について敦子が分かりやすく説明してくれていると、本社に到着した。

正面ロビーにタクシーを横付けさせると、開いた後部座席の自動ドアの降り口に、そっと手が添えられる。

「ようこそお越しくださいました、雅様」

車の側には、兄の秘書である東海林(とうかいりん)が出迎えに来ていた。

「ありがとう」

差し出された手をとってタクシーから降りる。

続いて降りた敦子は、大の大人が子供を丁重に持て成す様子に目を見張って驚いているようだった。

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