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第3章 三日月

「高嶋様、本日の会議は十六時からですが、社長と常務の宮前がぜひ御挨拶をと申しておりますので、三十分ずらしても構いませんでしょうか?」

「えっ、ええ、ヘルスケア部門の方が大丈夫であれば、こちらは構いません」

ありがとうございます、と東海林は一礼すると、二人を伴ってロビーに入る。

入った途端ロビーの空気が一変し、張り詰めたものに変わる。

そこにいた社員達が雅に気づき、すれ違う際に挨拶をしてくる。

雅は慎ましやかな笑顔で、臆することなく一人ひとりに「ご苦労様です」「ご無沙汰しております」と返していく。

後ろから付いてその一部始終を見ていた敦子は、ただただ驚いているようだった。

雅は瞳の端で敦子を観察する。

(そうよ、お兄様に惚れる前に自覚しなさい。お兄様はこの鴨志田のトップよ。ただの弁護士の貴女が太刀打ちできる相手じゃないのよ――)

三人がエレベーターに乗り込むと、敦子は小さく息を吐き出し「なんだか凄いのね」と笑った。

「すみません、大げさになってしまいまして。兄と叔父の挨拶が済みましたら、私達には干渉しないように言いますので」

雅は慌てたように、敦子に腰を折って謝る。

敦子がびっくりして雅を止めようとするが、それより先に東海林に厳しい顔で一瞥され口をつぐんでしまう。

三十台前半と思われる背の高い秘書が、これまた中学生でまだ子供の様に小柄な雅に頭を下げる。

「雅様、こちらの配慮が足りずに申し訳ございません。高嶋様もいつも通りのお仕事を見ていただけるように皆に言い聞かせますので、今回だけは目を瞑って頂けませんでしょうか?」

敦子が慇懃に頭を下げ続ける秘書に恐縮しあたふたしていると、エレベーターは最上階に到着した。

役員専用フロアを東海林に案内され、社長室に到着する。

受付の女性に雅達が到着した事を言付けされ、程なくして中に招き入れられた。

夕日が差し込む窓際に立っていた月哉が、雅を見つけるやいなや嬉しそうに破顔する。

月哉は仕事の時は眼鏡を着用している。

少し甘くて彫りの深い顔と無駄がなく引き締まった身体を眼鏡とスーツで覆い隠してはいるが、知的さと控えめな色香が滲み出ている。

(やはりお兄様が一番素敵――)

雅のささやかに膨らんだ胸がぎゅっと締め付けられ、何故か言い様のない切ない気持ちがこみ上げた。

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