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第1章 繊月(せんげつ)

月哉は雅を横抱きにして立ち上がると足早に戻り、女に会釈して別荘の中に消えた。

一部始終を見ていた女は通り過ぎる二人をぽかんと見送ったが、後から付いてきた後藤に声をかけられ、我に返った。

「ご歓談中に主人が席をはずしてしまい、申し訳ございません」

後藤は深々と女に頭を下げ、陳謝する。

女は一瞬悔しそうな顔を見せたが、直ぐに笑顔で覆い隠し

「いいえ、妹さんは大丈夫ですの?」

と余裕の笑みで聞き返した。

「おそらく、足首の捻挫だと思われます。冷やして様子を見れば、大丈夫かと思います」

気遣いを見せた女に、後藤は恭しく答える。

「月哉様はとても妹さん思いでらっしゃいますのね、羨ましいですわ。では、本日はこれにて失礼致します」

「さようでございますか、何のお構いも出来ませんで申し訳ありません。主人を呼んでまいりましょうか? お待ち頂けましたら、車もご手配いたしますが――」

「いいえ、結構ですわ。車は待たせていますから」

女はそう返した後、しまったという顔をしたが、引きつった笑みを浮かべ辞去を申し出ると立ち上がった。

リビングのカウチまで雅を運んできた月哉は、その身体を注意深くおろす。

雅はこのまま愛しい兄の首にすがっていたいが、不審に思われないよう名残惜しそうに腕を放す。

離れがたくて、潤んだ瞳で兄を見上げてしまった。

「とりあえず冷やしてみるか。それでも痛さが増すようだったら、病院に連れて行くよ。ふふ、そんなに心細そうな顔をしなくても大丈夫だよ、可愛い妹姫――」

月哉はそう言うと、雅の目元に軽くキスをした。

後から冷水を持った後藤が現れ、手早く腫れた足を冷やしてくれた。

冷やしすぎてたまに痛いが、どうやらただの捻挫だったようで腫れも止まり、シップで患部を処置してもらう。

「しかし、どうしてあんな所で転んだの?」

処置されている雅に、月哉が不思議そうに尋ねる。

「へ、蛇がいて……驚いてしまったの」

もちろん、蛇なんていなかった。

雅は嘘がばれないように、蛇におびえた様子で兄のシャツの袖口を握り締める。

「雅は小さい頃から爬虫類やら昆虫が大の苦手だったね、でもあんな草の深いところに居たら、蛇のほかにも嫌いなものがいっぱい出てきちゃうよ?」

月哉は妹の嘘にまったく気づくそぶりもなく、雅の頭を撫でながらその理由を促す。

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