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第1章 繊月(せんげつ)

「ごめんなさいお兄様、綺麗な花を探していたら、いつの間にか奥深くまで入ってしまったの――」

雅はしゅんとして見せながら、また嘘の上塗りの嘘をつく。

いつまでも子供で、兄の庇護欲をそそるような幼い妹を演じるためだ。

雅の視界に不思議そうな顔をした後藤が入ったが、気にしない。

あんな場所に可愛い花など存在していないのは、雅だって分かっている。

雅の拙い演技は通用したようで、月哉は十三歳も年の離れた妹を「可愛いかわいい」と抱きしめてきた。

兄に嘘を付いてしまった事に雅の薄い胸がちくりと痛んだが、気付かないふりをしてやり過ごした。

(そうよ、私はいつまでもお兄様の可愛い妹よ――)

「月哉様、そろそろ支度されませんと、川崎様のパーティーに遅れてしまいますが」

後藤は時計を見ながら主人を控えめに促したが、月哉は「いや」と遮った。

「雅が骨折していたら大変だし、今日は欠席することにするよ。大きなパーティーだから私が行かなくても、迷惑はかからないだろう。もちろん、お詫びの連絡はしておいておくれ」

「かしこまりました」

後藤は対処の為に、リビングから退室していく。

「お兄様、よろしいのですか? 私なら大丈夫よ?」

本当は短い旅行なので雅は兄を独り占めしたかったが、先に予定が入っていたパーティーを欠席させては、兄に迷惑を掛けてしまう。

「何を言っているんだ。雅より大切なものなど、ないだろう――?」

月哉は雅の心配を取り除こうと、おどけて見せる。

「それに出席しても雅が心配で心配で、直ぐ戻ってきてしまいそうだよ」と言うと月哉は笑った。

「お兄様、大好き――!」

雅は感激し、月哉の胸に顔を埋めて抱きついた。

月哉は雅の腰まである長い黒髪を、梳くように撫で続けてくれる。

兄に――日焼けしていない白い肌と長い黒髪が好き――そう言われてから、伸ばし続けている長い雅の髪。

雅は兄の指の気持ちよさに、うっとりと瞼を閉じた。


『雅より大切なものなんて無い……』

――雅だけが私の大切な人なのだ……。


(やっぱりお兄様も、私と同じ気持ちでいてくれているのだわ――!)  





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