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第1章 繊月(せんげつ)

別荘で兄妹水入らず過ごした数日後、雅は鴨志田本邸の私室にある書斎にいた。

壁一面をぐるりと囲んだ書棚は、雅が所蔵するありとあらゆる分野に関する多言語の書籍に埋め尽くされている。

その中央のデスクに座っている雅は、薄紅色の装丁を施された日記帳を開いていた。

(あの女――、翌日もアフタヌーンティーの時間を狙いすまして、訪問してきて――!)

女を上手く追い払い、兄から遠ざけられたと確信していた雅だったが、翌日また現れた女を目にしたときは、ただ呆然と見つめ返すことしか出来なかった。

雅は足を痛めていたので逃げることも出来ず、二人に挟まれて大人しくお茶をすることを強いられた。

「お兄様は女性に優しくて断れないのだから、私が何とかして差し上げなくては――」

雅はそう独りごちると、用紙の全体に花柄を薄くあしらわれた日記帳に

・明後日のパーティーでナンパ

と、鮮やかな朱色の万年筆で書き込む。

それを起点として、チャート式に傾向と対策を次々書き込むと「これでよし」と、とても満足そうに、にこりと笑った。

(何事にも綿密な計画と実行が大切だわ、数学の方程式を解いていくように、順序を守って慎重に。そしてどの駒を使うのかも、熟考しなくてはならない)

雅はアンティークのデスクの隅に放り出していた、学園指定の通学鞄の中から携帯電話を取り出すと、白くてか細い指先でメールを打ち始める。


To  何でも屋A  
Sub  六月五日パーティーへのお誘い  
本文 
 六月五日(火)十八時三十分〜     
 三井信幸先生の出版二十周年パーティー
 ホテルオークラ鳳凰の間
 【ターゲット】
 蜷川理子(二十四)
 東京都港区在住
 上智大学文学部卒、現在家事見習い
 ナンパをして既成事実を創ること。
 報告は日時入りの写真付で行うこと。
 なお、四谷商事経営企画室室長 佐藤高志の名刺を明日AM着で発送したので使用のこと。
添付 写真  
 
すらすらと慣れた様子で不気味な内容を打ち、送信する。同時にメールはさっさと削除してしまう。

いつ何時何が起こるかわからないため、証拠となるものは抹消してしまうに限る。
 
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