この作品は18歳未満閲覧禁止です
- 小
- 中
- 大
- テキストサイズ
妹
第6章 幾望(きぼう)
「……雅様……そんなに苦しまないで下さい……そんなに……絶望しないで下さい……」
細切れに言葉を繋ぐ東海林には、いつもの落ち着きが全く感じられない。
頬に当たる逞しい胸からは白いシャツ越しに、加速する鼓動が力強く伝わってくる。
「……そんなにお辛いのでしたら……」
東海林の身体が小刻みに震えている。
「私と一緒に、逃げてくれませんか――」
そう告白した東海林の声は、ひどく擦れていた。
(ああ……この人は、何故いつも――)
また意識が深く落ちていく中で、雅は懸命に口を開く。
「……貴方は……馬鹿よ……私はお兄様という太陽無しでは、輝く事さえできない……月……」
前頭葉から徐々に深い闇へと引きずり戻されていく。
雅はどんどん重くなる瞼を閉じた。
(この男は何故……私を受け止めようなどと言うのだろう。鴨志田でなくなった私なんて……なんの取り柄もない、不器用で貧弱な一介の子供にしか過ぎないというのに――)
次に目を覚ました時、東海林は居なくなっていた。
外は暗くなり長い時間寝ていたのだろう、体の節々が凝り固まっていた。
腕に違和感を覚えそちらに視線を移すと、点滴の針が刺されていた。
ベッドに縫いとめられているような拘束感を感じ、振り払う為に身体を起こす。
喉の乾きを覚え、ベッドサイドの水差しにかぶせられたコップを手に取った時、がちゃりと寝室の扉が開かれた。
「雅、ちょっといいかな」
久しぶりに聞く、愛しい兄の声。
雅はばっと振り向く。
そこにはスーツと眼鏡を着用し、明らかに仕事終わりだと分かる月哉の姿があった。
(ああ……っ 一体何日ぶりに、お兄様の顔を見られたのだろう――)
胸の奥がぎゅっと締め付けられ、瞼の裏がじんわりとしびれる。
雅の渇き切った心に雨が降るように、ひたひたと潤っていくのが分かった。
かさついた唇に宿る、見返りを求めない微笑。
しかし月哉の表情は、怪訝なそれだった。
「雅……。なんで、そんなにやつれて……」
ベッドに駆け寄って痛いほど両腕を掴まれ、何故ここまで痩せ細ったのか、焦りを含んだ声で詰問してきた。
「ご……ごめんなさい、お兄様。夏バテになっただけですわ」
弱々しく謝る妹を見て、月哉は雅を抱き締めた。