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第6章 幾望(きぼう)

「……雅様……そんなに苦しまないで下さい……そんなに……絶望しないで下さい……」

細切れに言葉を繋ぐ東海林には、いつもの落ち着きが全く感じられない。

頬に当たる逞しい胸からは白いシャツ越しに、加速する鼓動が力強く伝わってくる。

「……そんなにお辛いのでしたら……」

東海林の身体が小刻みに震えている。

「私と一緒に、逃げてくれませんか――」

そう告白した東海林の声は、ひどく擦れていた。

(ああ……この人は、何故いつも――)

また意識が深く落ちていく中で、雅は懸命に口を開く。

「……貴方は……馬鹿よ……私はお兄様という太陽無しでは、輝く事さえできない……月……」

前頭葉から徐々に深い闇へと引きずり戻されていく。

雅はどんどん重くなる瞼を閉じた。

(この男は何故……私を受け止めようなどと言うのだろう。鴨志田でなくなった私なんて……なんの取り柄もない、不器用で貧弱な一介の子供にしか過ぎないというのに――)                 


次に目を覚ました時、東海林は居なくなっていた。

外は暗くなり長い時間寝ていたのだろう、体の節々が凝り固まっていた。

腕に違和感を覚えそちらに視線を移すと、点滴の針が刺されていた。

ベッドに縫いとめられているような拘束感を感じ、振り払う為に身体を起こす。

喉の乾きを覚え、ベッドサイドの水差しにかぶせられたコップを手に取った時、がちゃりと寝室の扉が開かれた。

「雅、ちょっといいかな」

久しぶりに聞く、愛しい兄の声。

雅はばっと振り向く。

そこにはスーツと眼鏡を着用し、明らかに仕事終わりだと分かる月哉の姿があった。

(ああ……っ 一体何日ぶりに、お兄様の顔を見られたのだろう――)

胸の奥がぎゅっと締め付けられ、瞼の裏がじんわりとしびれる。

雅の渇き切った心に雨が降るように、ひたひたと潤っていくのが分かった。

かさついた唇に宿る、見返りを求めない微笑。

しかし月哉の表情は、怪訝なそれだった。

「雅……。なんで、そんなにやつれて……」

ベッドに駆け寄って痛いほど両腕を掴まれ、何故ここまで痩せ細ったのか、焦りを含んだ声で詰問してきた。

「ご……ごめんなさい、お兄様。夏バテになっただけですわ」

弱々しく謝る妹を見て、月哉は雅を抱き締めた。

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