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第6章 幾望(きぼう)

「いや……、私も悪かったよ。家の者から何度も雅の様子は聞かされていたのだが、敦子……、高嶋さんのほうが色々あってね……。雅はしっかりしているから、一人でも大丈夫だと思ったんだ」

雅は月哉の胸の中で拳を握り締め、心の内を吐露してしまいそうになるのを、必死で堪える。

(お兄様……どうして? どうして私は大丈夫で、あの女は大丈夫じゃないの――?)

しかし、雅は精一杯虚勢を張って、声を絞り出した。

「……私は……大丈夫ですわ……」

(嘘よ――! 大丈夫なんかじゃないじゃない! 言いなさいよ! お兄様がいないと駄目だって言いなさいよ――っ!)

「……そうか」

月哉は雅の背中をぽんぽんと叩いた。

一瞬、二人の間に静寂すぎる沈黙が下りる。

しかし月哉は首を軽く振って、口を開いた。

「ところで加賀美君が今日、会社に来てね……」

雅はぎくりと、月哉から身体を離す。

「雅に婚約を申し込みたいそうだ。後日、加賀美代表を通して正式に申し込むと言ってきた」

(な……、なんで……、先輩が――)

てっきり加賀美が自分の行いを月哉に報告したのだろうと覚悟した雅だったが、予期していなかった展開に血の気が引き、目が霞んでいく。

意識を手放しそうになり、雅は唇を噛んでなんとか踏みとどまった。

そんな雅を尻目に月哉は今までに聞いたことのない、きつい口調で叱責する。

「雅、私は異性との交際を許した覚えはない」

雅は初めて目にした兄の怒りに驚くが、その瞳の中に嫉妬のような色を見て取り、思わず胸が高鳴る。

(お兄様……私がお兄様以外の方に心を寄せるなんてこと、ある筈が無いでしょう?)

「……お兄様……私は……」

月哉を安心させようと口を開いた雅を、兄は突き放すような口調で遮る。

「それに付き合っているなら、私に報告しないと駄目だろう。いきなりだったから困ったよ、でも……」

月哉はふと笑った。

「これは鴨志田にとっても、両家を繋げる素晴らしい縁談となる」

月哉は雅ではなく、空を見つめて興奮したように呟いた。

雅の意思を確認しようとする様子は、そこからは全く感じられなかった。

「………………」

雅は何も返せず、ただ絶句した。 

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