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第6章 幾望(きぼう)

泣きつかれて寝てしまった雅は、夢を見た。  



深い深い森の中

夜の帳(とばり)は既におり、唯一の灯りは月の光

わたくしは張り巡らせた絹の糸を手繰り

掛った獲物の捕食へと向かう

きらきらと輝くわたくしの罠の先に

黒く大きな揚羽蝶の貴方が掛っていた

逃げようともがけばもがくほど

雁字搦めになるわたくしの罠に

それでも悠然として、気品を漂わせる

貴方がいた

神聖な月光に照らされる貴方は

わたくしの絹の糸よりも輝いていて

漆黒の両羽はビロードのように滑らかで

わたくしはただ

貴方に心を囚われて

わたくしに捕らわれた貴方を

ただただ、見つめることしか出来なかった







目が覚めても何もする気にはなれなかった。

敦子をさらに追い込めば、まだ月哉との結婚は阻止できる可能性は大いにあった。

しかし、雅には自分と加賀美の婚約を覆すことは無理だと解っていた。

加賀美家との婚約はもはや、当人同士間だけの問題ではない。

鴨志田一族は元より、各グループ会社や財界にまで影響を及ぼす。

ただ、その元凶を作った加賀美を恨む気にはなれなかった。

相手が加賀美であろうがなかろうが、遅かれ早かれ同じ事になっていたことなど、とうに解っていたのだ、

(お兄様以外を愛せない私に――未来なんて有り得ないのよ)

出された朝食も昼食も手を付けられなかった。

雅は意識が朦朧とし、睡眠と覚醒の狭間をたゆたっていた。

窓の外が夕焼け色に染まり始めた頃、遠慮がちに扉がノックされ、後藤がお見舞いの客が来ていることを告げた。

「……どなた?」

「高嶋様です」

「………………」

(会いたく……ない……。お兄様に愛されている、あの女の顔など……見たくない……けれど、私の仕掛けた罠がばれてしまい、訪ねて来たのだとしたら――)

「……入って頂いて」

雅は後藤に手伝ってもらってだるい身体に鞭を打って上半身を何とか起こし、クッションを幾重にも重ねたベッドヘッドにもたれ掛かった。

しばらくすると使用人に連れられて敦子が現れた。

さぞかし消沈しているだろうと思っていたが、目の下に薄っすらクマがあるだけで元気そうに見えた。

雅と久しぶりに会った敦子は目を見開き、口を手で覆った。

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