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第7章 十五夜(満月)

東海林(とうかいりん)は雅の元を月哉と訪れてから、言いようのない不安に駆られていた。

月哉に加賀美家子息との婚約を事実上言い渡された時の、あの雅の表情が瞼の裏にこびりつき、日を跨いでもそれは消えることがなかった。

居ても立ってもいられず、その日の自分の仕事を早急に終わらせ、突然入った月哉の接待には他の秘書を同行させて、自分は鴨志田本邸へと車を走らせていた。

(雅様は月哉様に自分の気持ちを言われたことは、今迄ほとんどない)

それはひとえに月哉に対して寄せる全幅の信頼と、自分を愛してくれる唯一の家族を失いたくないという脅迫観念によるものだと思っていた。

(しかし、それだけでは、なかったら? 月哉様を兄としてだけではなく、男として愛しているとしたら――?)

まさか……、と東海林は頭を振る。

二人は血の繋がった兄妹だ。

そんなことがあるはずがなかった。

それよりも気掛かりなのが、雅の月哉への執着ともいえる依存状態だった。

慕っている兄に他の男との政略結婚を迫られ、雅は正気でいることが出来るのだろうか。

東海林は出来る限りスピードを上げて先を急いだ。



本邸に付くと真っ直ぐ雅の部屋へ行こうとした東海林を、使用人頭の鈴木が呼び止める。

「何ですか? 急いでいるのですが」

「つい先程、加賀美家御子息がお越しになりまして……今、別室でお待ちいただいている状態なのです」

初老の使用人は玄関を入って右の応接間をちらりと見て、困った顔で告げる。

「雅様は?」

「それが、何度も扉をノックしているのですが、お返事がありません。お嬢様はご容態も宜しくありませんので、あと何度かお呼びしてお返事がないようでしたら、お客様にはお引取り頂こうと……」

背中の神経を直接撫でられたかのように、背筋に悪寒が走る。

東海林は長い足で急に走り出した。

「東海林様――?」

鈴木の呼び止める大きな声が東海林を追ってくる。

階上の雅の部屋へ辿り着くと、東海林はノックもせず重厚なドアノブを回す。

しかし中から施錠がされており開かなかった。

後から追いかけてきた鈴木が、何事かと東海林を責める。

「鍵! 雅様のお部屋の鍵を――っ!」

通り掛かって一部始終を見ていた雅付の後藤が、東海林のあまりの取り乱しように察して、慌てて鍵を開ける。

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