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第8章 十六夜月(いざよい)

(今までの雅様は、とても優雅な笑い方をする人だった。しかしそれは周りに弱みを見せることが出来ず、それを隠すための微笑みだったのかもしれない――)

「ところで社長、高嶋先生はお元気ですか? 結局鴨志田の担当を離れられたのでお会いする機会がなく、心配していたのですか――」

敦子は重役会議に遅刻してから常務が担当替えを主張していたが、社長の助言で続投していた。

しかし雅が自殺未遂を犯してからすぐ、担当を外れたのだ。

「……さあ、どうだろうね。敦子とは別れたから、私も会っていないんだ」

月哉は寂しそうに微笑む。

「え……それは、雅様の自殺未遂の直前に会われていたのが、原因ですか?」

でしたら出過ぎた真似をしてすみませんでした、と先日の忠告を謝る。

「いや、直接の原因はそれではない。問い詰めても、敦子は何を話していたのか言ってくれなかったしね」

では何故、結婚まで考えていた敦子と破局するのだろう。

そこまではプライベートな事に踏み込みすぎな為、賢明な東海林は質問しなかった。

しかし、顔には少し出ていたのかもしれない、月哉は話を続けた。

「武田医師に言われた言葉が、頭から離れなくてね――」

月哉は口の端を少し歪め、小さな溜め息をつく。

「私は雅を中途半端にしか愛せていなかった。記憶を無くした雅に我が儘を言われたとき、初めて気がついたのだ。以前の雅は我が儘一つ言った事も、私の手を煩わせたこともなかった。たった十三歳の子供がだ。いや、違う……雅は三歳で両親が亡くなって以降、ずっとそうだった」

あり得ないだろう、と月哉は泣き笑いの様な顔をする。
「………………」

東海林は何と返して良いか分からず、沈黙するしかなかった。

「……雅は初等部に上がるまで、宮前の叔父叔母達から虐待を受けていたのだよ――」

「…………なんですって」

東海林は冷水を浴びせ掛けられたかのように、身体の先まで血の気が引くのを感じた。

(雅様が……虐待……? それも分家一族から――?)

正直、ありえないと東海林はとっさに思った。

それだけ鴨志田と宮前の力関係は、歴然たる差があった。

本家が分家にたてつく――それはその分家が鴨志田グループから追放されることを意味する。

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