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第8章 十六夜月(いざよい)

『私が悪い子だから、叔父様や叔母様を怒らせてしまうの』

『私が悪い子であることを知られたら、唯一の家族であるお兄様から嫌われてしまう――』

木村弁護士は、兄には絶対に知られたくないという雅の主張を受け入れ、今後一切雅に虐待をしないこと、再度行った場合は一族からの追放を宮前に言い渡した。

こうして、三年間続いた雅への虐待は幕を閉じた。


「だから……だから、雅様はいつも自分を出さずに――」

東海林はとうとう立っていられなくなり、社長の前で無作法とは分かりながら、革張りのソファーにしりもちをつくように腰を下ろし、両手で顔を覆った。

(ずっと、分からなかった。何故、雅様はいつも自分の意見を言わないのか、年相応の我侭を言わないのか、兄の言いなりになっているのか……全て……すべて、この虐待が原因だったのだ――)

瞼の裏に、初等部の制服を着た小さな雅が自分の祖父程の年齢の弁護士に、震えながら仕事を頼んでいる光景が映る――「私を助けて下さい」と――。

目の前にいる月哉を、東海林は初めて憎いと思った。

(この人さえ……この人さえ、ちゃんと雅様を見ていれば、虐待など直ぐに気がつけた筈なのに――!)

木村弁護士のおかげで虐待が終わったとはいえ、その後の雅は誰にも相談することも出来ず、カウンセリング等の専門的な治療などもちろん受けず、心の傷を負ったまま初等部から中等部という一番多感な時期を、自我を殺しながら生きてきたことになる。

目頭が熱くなり、頭の血が逆流しているかのように鈍痛がする。

苦しさを堪えながら東海林が顔を上げると、月哉は心底疲れたという顔をしていた。

「なあ、東海林……。誰も私を責めない。雅さえも、私を責めない……。なあ、お前が私を責めてくれないか――」

月哉の口元が、何故か笑みを湛えている。

「………………」

「雅は私に弱みを見せない、自我を表さない。兄として愛してくれているとは感じていたが、心を開かない雅を、私はいつの間にか表面上しか見なくなっていた……。まるで、私は雅の事を心の無い、私の言うことを聞く人形のように思っていた――」

(やめろ……やめてくれ――!)

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