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第8章 十六夜月(いざよい)

東海林は必死に両手で耳を塞いだ。

頭がおかしくなりそうだった。

あまりのショックで心が一時的に全ての情報をシャットダウンしろと、信号を送ってくる。

(雅様が……月哉様が……壊れていく――)

何十分、蹲っていたのだろう。

東海林が何とか落ち着きを取り戻し、恐る恐る顔を上げた時、外はとうに日が暮れ、部屋は薄暗い闇に包まれていた。

月哉は窓にもたれて、眼下の高層ビルの夜景をぼんやりと見つめていた。

ソファーから立ち上がった東海林が、月哉に近づく。

「……月哉様」

自信が無いのだ……と月哉が呟く。

その端正な顔に一筋、涙が流れていた。

「たった一人の肉親さえ満足に愛せない私に、敦子の一生を背負えるのかどうか……」

月哉のその気持ちは、東海林は理解できた。しかし――

「……月哉様……申し訳ありません。私は今、雅様が記憶喪失になられて、心底良かったと思っています」

東海林は必死に祈る。

神へなのか、仏へなのかそんなことも分からなくなるほど――。

(どうか、雅様が全ての記憶を取り戻しませんように……。たとえ、それが私の自己満足のためだけの願いで、雅様にとっては大切なものを失うことになろうとも――)







四カ月後。

東海林は鴨志田兄妹と本邸で食卓を囲んでいた。

久しぶりに会った雅は身長も延びたが、身体つきが大人の女性へと急激に変化していた。

膨らんだ胸に括れた腰――しかしまだ全体は華奢な為に危うい均衡で、それがまた周りの大人達の庇護欲と、さらに今までには無かった男の支配欲を掻き立てる。

「暫く会わない間に、だいぶ背が伸びられましたね」

「そうなの、ここ数ヶ月で四センチも延びたの……膝が痛くって」

東海林の問いかけに、雅の眉がハの字になる。

「背だけ延びてもね~~、ちゃんと食事取らないと、骨皮筋子に改名させるよ、雅?」

月哉はにやにやしながら雅をからかう。

「……だってお兄様がいないと、食欲がわかないのですもの」

今日もお昼ご飯食べなかったね? と月哉に怒られた雅はぷうっと頬を膨らます。

東海林は兄妹の明るいやり取りに安心し、雅に笑いかけた。

「雅様はまだまだ痩せすぎです、身長の成長にもエネルギーを奪われますし、今まで以上にたくさん食べてくださいね」

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