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第8章 十六夜月(いざよい)

三人は食堂で夕食を取ると、月哉の書斎に移動して大人二人はウイスキーを、雅は紅茶を飲んで談笑していた。

「東海林、今日は泊まって行ってくれるのでしょう?」

月哉の隣に座った雅が問いかける。

その口許にはデザートのマカロンのクズがついており、月哉が笑いながらナプキンで拭っている。

「雅、せっかくの金曜日、東海林にも会いたい彼女がいるだろうし、無理言っちゃダメだよ」

「えっ、そうなの? そうね、東海林は恰好良いし優しいしお兄様みたいにイジワルしないし、彼女いるわよね」

雅はしゅんと沈んで見せる。

「そんな、私は社長の様に機知に富んでいませんし……」

東海林は控え目に謙遜する。

「お兄様にエスプリが? 聞いたことありませんわ?」

雅は兄に舌を出してみせると、月哉は好き勝手言う妹にじゃれつく。

「また可愛くないこと言って! お兄ちゃん、これでもモテるんだぞ」

月哉はそう自信満々に言い切るので、東海林は苦笑いした。

しかし雅だけは急に真顔になる。

「…………雅がお兄様好みになったら……。お兄様ずっと、ずっと雅の側にいてくれる――?」

その声は細く震えていて、今の雅の不安が伝わってきて東海林は目を伏せた。

「……馬鹿だな、雅が私好みになろうがなるまいが、私はずっと雅の側にいるよ」

虚を衝かれた月哉は一瞬言葉に詰まったが、そう言うと雅の頭を優しく撫でた。

「……お兄様」

雅はほっとした顔で、兄に抱き付いた。

静かになった部屋に、暖炉の薪がぱちと爆ぜる音が響く。

十二時を告げる重厚な振り子時計の音が鳴り、東海林はそろそろ……と席を立った。

「東海林……良ければ泊まって行ってくれないか? もちろん君の都合が付けばの話だが」

東海林は正直、このところの残業続きで帰ってゆっくりしたかったが、久しぶりに雅に会えたし確かに離れがたく思った。

「……そうですね」

東海林が迷っていると、うとうとしていた雅が目を覚ました。

雅は立っている東海林を寝ぼけ眼で捉えると「東海林、帰っちゃうの?」と起き上がり上目遣いで見上げてくる。
 
東海林はくすりと笑うと、雅の頭に軽く手を置いた。

「ではお言葉に甘えて、泊めていただきます」

「ほんと? 東海林、ありがとう!」

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