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第8章 十六夜月(いざよい)

雅はにこりと笑顔を見せてくれる。

その微笑みは、大輪の薔薇が咲き誇る様に華やかだ。

しかし、ふと頭の片隅に違和感が残る。

以前の雅には無かった、兄からの愛の確証という自信がそうさせるのか、その微笑みはあくまでも鮮やかで――。

「どうかしたの? 東海林?」

頭に手を乗せたまま黙ってしまった東海林を、雅が不思議そうに見上げてくる。

「いえ……どうやら少し酔ってしまったようです」

東海林は手を引いて、そう言い訳をする。

「珍しいな東海林が酔うなんて。じゃあ今日はここでお開きにしようか」

内線で呼んだ使用人頭の鈴木が、東海林を寝室へ案内してくれるとの事なので、東海林は二人に挨拶すると席を立った。

すると雅が立ち上がり、東海林の腕を引っ張ってめい一杯背伸びをし、頬に軽くキスをした。

「お休みなさい、東海林」

「……お休みなさいませ」

東海林は顔が火照るのを感じて、早々に立ち去った。

「まったくお嬢様は、とんだお転婆娘になってしまいましたよ」

先を歩く鈴木が、苦笑いしながら愚痴をこぼす。

鴨志田のご息女として相応しい立ち居振舞いをさせなければならない彼にとっては、以前の雅は理想のお嬢様だったはずだ。

我が侭や弱音等口にせず、立場をわきまえた行動をしていた以前の雅――今の雅は立場よりも、自分の感情を最優先している。

「しかし、以前よりはずっと良い。気持ちを口に出して表現して下さる、私達使用人にも興味を持ち、家族の様に接して下さる」

小言を言う回数は増えたが、雅が産まれた頃から見てきた鈴木には、やっと心を開いてくれた雅が可愛くて仕方ないようだ。

「目が覚めてから、雅様はとても明るくなられましたね」

東海林も秘書室に配属されてから十年、ずっと雅を見てきた。

本家の使用人達の気持ちはよく解る。

「ええ……。一度三途の川を跨いだ人間というのは、性格まで百八十度変わってしまうものですかね……」

いつもは無駄口など叩かない鈴木が、珍しく疑問を口にする。

相手が酔っ払いで、旧知の自分だからかもしれない。

「……どうなのでしょうね」

東海林に用意された客室に案内すると、鈴木は去っていった。

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