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泳ぎ疲れた人魚の恋
第1章 1
(俺が、泳ぐのをやめるなんて言わなければ、ナオは自殺未遂なんかしなくてすんだのに)
 もう五年も前のことを思い出して、瞳の縁から涙が溢れ出す。それに合わせるように、真珠のような球がまた一つ、浣腸液に流されてこぼれでて、タイルにしたたったのが、滑稽だった。
 学生時代、水泳部で好成績をおさめていた有希也は、父の借金のために学校をやめることになり、スイマーになる夢も諦めざるをえなくなった。病弱な親友の、唯一の心の支えは自分だということも、分かっては居たのだが、もう夢など追えそうにないほど追いつめられていたのだ。
「今日で、水泳やめるよ」
 覚悟して告げたら、繊細な直樹は、その晩に自殺未遂をして、一命はとりとめたものの、意識が戻らなくなってしまった。
 彼の両親は有希也を責めずにいてくれたが、有希也自身は、自分のうかつさを悔いて、もう何年も、自責の念を抱き続けている。泳ぐこと自体は今も好きだが、水泳で作り上げた美しい身体は今、男たちの欲望をうけいれるだけの器に変化しつつあった。
 あと数百万稼がなければ、父の残した借金も、返し終わりそうにない。母も兄弟もなく天涯孤独の彼には、頼れるものさえどこにもいなかった。
「んっ、はぁっ……」
 二、三度浣腸を繰り返して最後の一個を出し終えたとき、トントン、とガラス戸が軽くノックされた。
「有希也、大丈夫?」
 店長が、様子を見に来たらしい。
「大丈夫です……」
 細い声で答えて、白い球を拾い集め、軽く身体を洗い流して、有希也はシャワールームを出た。中までちゃんと洗うのは、家に帰ってからだ。
「今日はたくさん入れられてたから、心配してたんだ」
 ドアを開けると、バスタオルを手にした店長が笑っていた。年齢を開かしてはいないが、おそらく、有希也とあまり離れていないだろう。ホストの中には、彼より年上とおぼしき者もいる。
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