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泳ぎ疲れた人魚の恋
第1章 1
「ぜんぶ出せたから、もう大丈夫です」
髪や身体を吹いてくれる彼の手をくすぐったく感じながら、有希也はうつむき気味に言った。
「そう」
柔らかい金髪に白い肌で、身長はあるのに華奢な印象の店長の声は、柔らかく響いた。そういえば、めったに呼ぶことはない彼の名前は、「響」というのだ。名字は教えてもらえなかったし、誰も知らない。有希也も、つけてもらったこの源氏名だけで呼ばれていた。
「ぜんぶで、いくつ入ってたの?」
優しい声で尋ねられ、「七つです」と有希也は顔を赤らめて答える。男同士だし、こういう店なのだからしかたないとわかっているはずなのに、店での余興や行為に関することを報告するのは恥ずかしかった。他のホストはもう帰ってしまっていて、今日の売り上げや成績を壁のボードに書き残しているが、それを見るのさえ、未だに慣れないのだ。
「有希也は本当に、いつまでも初々しいね」
みんな、二週間もすれば慣れるのに、と響はくすくす笑った。
かすかにスズランの匂いが香るのは、恋人が訪ねてくるのを待っているからだろう。
どこの誰かは知らないが、彼には深い仲の同性の恋人が居て、ときどき、営業終了後の明け方の店で抱かれているのを、有希也は知っている。先輩から手ほどきを受けていた期間に、独りで残って後始末をしていたら、秘密の光景に遭遇してしまったのだ。
店ではフリーを装っている響が、とても幸福そうな顔で、ガタイのいい青年に組み敷かれていた。有希也が見ていることには気づいていないようだったが、外まで聞こえるような声で喘いでいて、感じると抑えられないタイプなのだと知った。あの日以来、店長の顔を見ると、その晩のことと、二人が交わしていた言葉を思い出してしまう。相手の男は、どうやら裏社会の人間のようで、薬の売買がどうの、とか物騒な話をしていた。響はいつもの柔らかい表情でうなずきながら話を聞き、「でも今は、俺のことだけ考えて」と、ねだっていた。そこからさらに激しい行為が始まったので、有希也は、気づかれない内にそっと店を出たのだ。
「さぁ。疲れてるだろうから、早く帰って、おやすみ」
夜が開け始めている店で、明るいものを嫌うようにカーテンを閉めながら、店長が言った。
「また、明日の晩」
髪や身体を吹いてくれる彼の手をくすぐったく感じながら、有希也はうつむき気味に言った。
「そう」
柔らかい金髪に白い肌で、身長はあるのに華奢な印象の店長の声は、柔らかく響いた。そういえば、めったに呼ぶことはない彼の名前は、「響」というのだ。名字は教えてもらえなかったし、誰も知らない。有希也も、つけてもらったこの源氏名だけで呼ばれていた。
「ぜんぶで、いくつ入ってたの?」
優しい声で尋ねられ、「七つです」と有希也は顔を赤らめて答える。男同士だし、こういう店なのだからしかたないとわかっているはずなのに、店での余興や行為に関することを報告するのは恥ずかしかった。他のホストはもう帰ってしまっていて、今日の売り上げや成績を壁のボードに書き残しているが、それを見るのさえ、未だに慣れないのだ。
「有希也は本当に、いつまでも初々しいね」
みんな、二週間もすれば慣れるのに、と響はくすくす笑った。
かすかにスズランの匂いが香るのは、恋人が訪ねてくるのを待っているからだろう。
どこの誰かは知らないが、彼には深い仲の同性の恋人が居て、ときどき、営業終了後の明け方の店で抱かれているのを、有希也は知っている。先輩から手ほどきを受けていた期間に、独りで残って後始末をしていたら、秘密の光景に遭遇してしまったのだ。
店ではフリーを装っている響が、とても幸福そうな顔で、ガタイのいい青年に組み敷かれていた。有希也が見ていることには気づいていないようだったが、外まで聞こえるような声で喘いでいて、感じると抑えられないタイプなのだと知った。あの日以来、店長の顔を見ると、その晩のことと、二人が交わしていた言葉を思い出してしまう。相手の男は、どうやら裏社会の人間のようで、薬の売買がどうの、とか物騒な話をしていた。響はいつもの柔らかい表情でうなずきながら話を聞き、「でも今は、俺のことだけ考えて」と、ねだっていた。そこからさらに激しい行為が始まったので、有希也は、気づかれない内にそっと店を出たのだ。
「さぁ。疲れてるだろうから、早く帰って、おやすみ」
夜が開け始めている店で、明るいものを嫌うようにカーテンを閉めながら、店長が言った。
「また、明日の晩」