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泳ぎ疲れた人魚の恋
第1章 1
 有希也は笑って、邪魔にならないように、店の裏口から外へでる。
 騒がしい夜を終えて早朝の街を歩くと、反射した朝日がナイフになって、全身に突き刺さってくるように感じた。陸に上がった人魚姫は、世界から責められているようなこの感覚を、魚からヒトのものに変わった足の裏に感じていたのだろう。
(ずっと泳いでいたかった)
 もう戻ることはできないが、あのまま、学生時代にもっとも愛した水泳の世界に居続けた場合の自分を、ときどき妄想する。
 直樹が自殺をはからないで今も生きていてくれたら、有希也はもうすこししあわせだっただろうか。たとえ、父の借金があったとしても。
「いや……」
 口に出して否定する。
 あのまま直樹が生きていて、ずっとそばにいたら、泥沼に足を踏み込むことになっただろう。
 学校を休みがちだった直樹は気づいていなかったが、有希也は、水泳部の先輩と関係を持っていた。「関係を持つ」という表現を使うからには、心だけでつながっていたわけではなく、身体も捧げていたということだ。
 入部当時から、ひときわたくましい肉体で力強く泳ぐ、水のヌシのような彼に憧れていた有希也は、指導を求めて近づいた。彼……緋宗晃司は、後輩の思慕を利用して、恋人の関係を結ばせたのだ。男子校だったから、恋愛に飢えていたのかもしれない。
 有希也のほうも、釘も刺さらないような鋼の身体の先輩に抱かれて、まんざらいやでもなかった。そうすることで少しずつ彼の美点を分け与えてもらえるなら、と純粋なのか異常なのかわからない気持ちで慕い続けた。
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