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色欲のいりひ
第3章 3
 簀の子(すのこ)を買って来た。
 テラスの床に敷くためだ。
 長方形のテラス。
 二畳ほどあるテラスの床に、『すのこ』を敷き詰めた。簾(すだれ)を丸めてテラスの左右の壁にビニールヒモでくくりつける。
 これで部屋が四部屋に増えた。『すのこ』の両端に蚊取り線香を置いて、真ん中に胡坐をかいて座る。
 右手に内輪をもって仰ぐ。
 夏の日差しが強くなり始めていた。
 簾をくくりつけているビニールひもを外して、丸まっている簾をはがしテラスの壁際を覆いつくす。テラスは日陰になり、簾の隙間からまだら模様の光が差し込む。
 気分は麻呂だ。
 簾の隙間からテラスの外をみると、通行人たちはこちらを振り返る。向こう側からはこちら側はみえないが、こちら側から向こう側は丸見えだ。
 実に愉快。
 俺がこの街を支配しているかのようだ。 
 御簾(みす)の中にいるお言葉野郎の世界観を味わう。お言葉野郎の世界は、とても有意義な世界だ。お言葉を述べて文を書く。
 それだけの世界。
 俺は今この街のお言葉野郎になっている……。
 ではお言葉を述べよう。
「アイツはいらない」
 以上。
 
 ── 気温40度超え。なんだこの暑さは。湿気も凄い。こんな中、よく人々は生きていけるものだ。これこそが人類の選別なのか。この猛暑に耐えられる者たちだけが生きながらえる。本当にそんな気がする。
 寒ければ重ね着をすれば寒さをしのげるが。暑いのは全裸になっても暑い。俺は今トランクス一枚で部屋の中にいる。
 俺の中にいるアイツは執着心が強く、おまけに色欲も強い。困ったもんだ。蠢くアイツはもしかすると俺の本心なのか? そうなのなら俺はアイツのことを憎めない……。
 玄関のドアを開閉する音が聞こえてくる。そしてリビングを歩く音がする。その足音は次第にリビングを超え居間に入る。すると右手側の襖の前で足音は止まった。止まったと同時に襖が開き、茉莉が何食わぬ顔して畳の部屋に入ってくる。
 そして窓辺の指定席に腰を下ろす。
「簾、取り付けたのね」
「ああ、暑いからな」
「暑いなら冷房器具を取り付ければ」
「そんなもんいらない」
 ふたりの間に、しばし沈黙が流れる。
 レースのカーテンが波をうつ。
「ねぇ」
「なんだ」
「いつまでこういう関係を続けるつもり」
「さあな。アイツに聞いてくれ」
「アイツ? 」
「そうさ。アイツさ」
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