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レディー・マスケティアーズ
第3章 依頼 ――二か月後
          
              
                *

 JR恵比寿駅の西口ロータリー手前。老婦人が車を降りたのは、客を下ろすタクシーにまでクラクションが鳴らされるほどの狭い通りだった。
 老婦人は手早く勘定を済ませると、迷う様子もなく、りそな銀行とハンバーガーショップの角を曲がり、両隣のビルの隙間を埋めるためにできたような細長いビルの前に立った。
 一階と二階はチェーンの居酒屋、三階から上はスナックやら整体院やらが、一つのフロアに複数ひしめいている八階建ての雑居ビル。
 塚越涼子は、「準備中」の札をぶらさげている居酒屋の脇を抜け、普通の人間なら目に留めそうもない小さなエレベーターに乗り込むと、「8」のボタンを押した。
 八階。エレベーター内の案内には、「シロアリ駆除 海綿清掃」という黄ばんだプレートがあった。
 それ以上に古びた事務所のドアを開けると、大きな眼鏡をかけて、髪を後ろにひっつめた四十年配の痩せた女が座っていた。
 今はあまり見かけなくなった紺の事務服。名札には手書きの文字で「総務 館山千尋」とある。
「いらっしゃいませ」
 聞こえないような、か細い声だった。
 先ほどのトーホー開発とは比べようもないが、一応は受付のようだ。外からの客を出迎えるはずのそのスペースの周囲は、段ボールが山積みになっている。
 無言のまま涼子がバッグからメモを取り出すと、小さく頷いただけで、女事務員が奥に消える。
「お待ちください」の一言もなかったが、「どうぞ、こちらに」と取り次いでくれるまでに一分とかからなかった。事務所の中に話し声も物音も聞こえないところからして、自分のほかに誰も客などいないのだろう。
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