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レディー・マスケティアーズ
第8章 アトス ――トーホー開発 経理部
           
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 アトスこと館山千尋が腕時計に目をやると、針は八時三十分を指していた。この部屋に入って、まだ十五分と経っていない。
 それどころか、強姦魔に破り割かれたはずの黒のブラウスは元のままで、服装には塵ほどの乱れもない。
 凌辱の限りを尽くされたはずなのに、彼女は小さくあくびを漏らすくらい退屈そうに、足を組んで椅子に座っていた。
 向かいの椅子に体を預けている藤川芳郎も、地味なネクタイとくたびれたワイシャツといういつもの格好で、女を組み敷くどころか、気持良さそうに寝息を立てている。
「さて。あなたのお楽しみの時間は、ここまで。今度は、わたしのお願いを聞いてもらう番よ」
 千尋はプチダイヤのネックレスを、さらに藤川の顔に近づけた。
「いくつか質問に答えてくれればいいだけ。ねっ、いいでしょう?」
 涎を垂らしたままの藤川は、小さく頷いたようにも、何か言葉を発したようにも見えなかったが、千尋は一つ質問するたびに「なるほど」「そうだったのね」と受け答えしていた。
「よくわかったわ。どうも、ありがとう」
 ネックレスを胸元にしまい、隣の椅子に掛けていた麻のジャケットを羽織ると、千尋は眠ったままの藤川の頬にチュッと唇をつけた。
「あなたって、最高よ。また、どこかで楽しみましょうね。だけど、今日のことは二人だけのひ・み・つ。いいわね? 秘密よ」
 千尋は優しく言った。
「じゃあ、わたしは消えるわ。時計の長い針が『6』を指したら、あなたは目を覚ます。それまで、ゆっくりお休みなさい」
 部屋を出る前に、藤川の顔の前で、アトスはパチンパチンと、二度指を鳴らした。 
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