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はなむぐり
第2章 後悔
母親がいなくなったことよりも、父親の変わりぶりに幼い心が追いつくわけがない。一緒にいるときにどんなに優しくしても、小学校の行事になるべく出席して淋しくないようにしていても。
夜中に物に当たったり独り言を言うのは不安でたまらないだろう。
私の腕の中で蜜樹は声を詰まらせて言ったのだ。
このとき、兄にも寄り添っていればと思ったのはずいぶん後のことだった。
床に散らばったリモコン、幸い割れていなかったマグカップをテーブルに置き、こぼれたコーヒーを布巾で拭いていた。
兄はソファの後ろの窓から見える空をぼんやりと見ている。
「悪かったな…」
いつもは言わない謝罪の言葉が弱々しく。
「そんなこと言うなよ。ほら、もう少しで蜜樹たちも帰ってくる。今日は休みなんだから、帰ったら目いっぱい蜜樹と遊んでやってくれ」
「あぁ。智、ずいぶん暖かくなった。春だけど少し寒い日に蜜樹は産まれた。蜜樹は智が大好きだ」
「やめろって。なんでそんなこと言うんだよ。これからもっと暖かくなるよ」
「そうか」
さっきまでの憎悪に満ちた表情ではなく、昼間の太陽で眩しそうに目を細めて頬笑んだ兄は私の大好きな兄だった。
汚れた布巾を手に、私はしばらく兄の穏やかな表情を見つめていた。