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はなむぐり
第7章 恋いこがれる、はなむぐり
中に入れば、あの頃気づかなかった、目につかなかったことの多さに驚く。
出迎えた女性はやはり着物ではなく白いニットに黒い細身のジーンズ、そして上から白い割烹着。
かつて私たちを出迎えてくれていた面影がまだ残っていて、月日の流れに思いを馳せたり。
ゆったりとした口調で案内され、すれ違うのも困難な狭い廊下を進んでいけば思い出されること。
軋む廊下に私が怯え、先を行く両親に向かって叫んだり。そんな私を優しくなだめて手を引いてくれた兄。
今は廊下は軋まず、振り返れば蜜樹が私のコートの裾をつまんで着いてきている。
奥の部屋へ案内され、滑りが良くなった引き戸を開けると目の前には雪化粧した山と湖。そしてガラス張りに変わった露天風呂。
私と兄は景色なんて見ずに畳の上でじゃれ合い、何回も両親に叱られた。
二人きりになった途端に蜜樹は窓際に立ち、真顔で景色を見つめる。
私は蜜樹の後ろに立ち、重たいリュックを下ろさせてマフラーを外し、両脇から手を回してコートのボタンを外していった。
「ありがとう。ねぇ、おじさん」
蜜樹はまっすぐ前を向いたまま話しかけてきた。
静かな、張り詰めた緊張感のある声に鼓動が早くなる。
「なんだい?蜜樹」
私はボタンを外し終えたコートを脱がせてリュックの上に置き、首の開いた黒いレースが施されたワンピースを着ている蜜樹を両腕で包みこんだ。
「蜜樹が生まれてきて嫌だって思った?」
不安でたまらない気持ちが伝わってきて、喉が潰れそうだ。
「ないよ。大好きだよ」
「嘘。蜜樹はお父さんの子どもだけど産んだのは嫌われ者のお母さん。私も嫌い。だって顔も思い出も分からないもん。お父さんに似ている部分はあるよ。でも、お母さんの血も流れてるもん。お父さんを苦しめた人の血。じいちゃんばあちゃんもおじさんも…本当は蜜樹のこと嫌いなんだ」
初めて耳にする思いに私は愕然とした。蜜樹ではなく自分に。
「でも、私はそれでもいい。お父さんのところに生まれなかったら、じいちゃんばあちゃんにもおじさんにも会えなくて、どこか他のお家だったら…おじさんに会えなかった。おじさんのこと、好き過ぎるのかな。もっと…愛されたくなるの」