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はなむぐり
第8章 花に包まれる
曖昧な記憶を頼りにバスを降りて、兄と蜜樹が暮らしていたアパートへ向かう。しかし、目印にしていた公園はあったがアパートはなく、マンションが建っていた。しばらく立ち尽くしたが気持ちに区切りをつけて川を目指す。途中にあった商店で小さな花束を買った。仏花もあったがやはり普通の花がよかった。ピンク色のひまわりのような花を中心に、白い小花や薔薇を小さくしたような花が淡い紫色の紙に包まれ、濃い紫色のリボンで結ばれていた。
分からなくなったら人に聞き、住宅街を抜けると柵越しに草むらが見えた。近づくとしだいに聞こえてくる川の流れる音。穏やかで、心地よいものだ。柵越しに覗くと傾斜になっており、立ち入り禁止と看板が立っていた。辺りを見回すと左手に橋が見えた。
ひんやりとした風に胸が痛み、美しい花は歩く度にかさかさと揺れる。
橋の真ん中は道路になっており、右側の歩道から、川を覗いた。
浅いところは夕日に当たってきらきらと輝いているが、流れが速くなっている深いところは生い茂る草むらで影になっていることもあり、薄暗くて渦を巻いているように見えた。
鞄を地面に置き、スーツの内ポケットから蜜樹の成人式のときの写真を取り出した。兄が蜜樹に残していたお金とは別に兄の部屋から出てきた、成人式用と書かれた封筒に入っていたお金と私と両親からと、皆で合わせて買った振袖を着て。
日頃からお世話になっている、兄も通っていた美容室で着付けとお化粧をしてもらった。白い肌に映えるお化粧、赤い花の髪飾り、ピンク色の生地で大輪の花が咲いていて、赤い帯。
「兄さん。遅くなってごめん。兄さんと皆で買った振袖を着たんだ。綺麗だろ。ありがとう」
川に向かって言ってみた。
「苦しい思いをさせて悪かった。すごく後悔してる。蜜樹は立派な…綺麗な女性になったよ。兄さん、許さないだろ。でも、好きなんだ。すごく愛してる。伝えるのが遅くなって…謝るのが遅くなってごめん。冷たかったよな…兄さん…ずっと自慢の兄さんだよ。これからも。ありがとう。何もできない弟で悪かった」
空を見上げてから写真を内ポケットにしまい、花束から一番大きい花を抜き取った。
「蜜樹と父さん母さんのこと、見守っていてほしい。ありがとう」
花を川へ落とした。
流れていった。
眩しくて、両手で顔を覆った。