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はなむぐり
第8章 花に包まれる
「智はいつも亮の後ばかりついて回って。私がお兄ちゃんなんだからお兄ちゃんなんだからって言いすぎたかしら…でも蜜ちゃんが…あぁダメね」
母さんは笑みを浮かべながらも手の甲で目を押さえ、悔やみと蜜樹のことで揺らぎ続ける思いを抑えた。私たちの気持ちと思いに『これでよかった』と言い切れる日などこない。しかし、兄を含めた私たちの宝物は蜜樹の誕生だということだけは揺らぐことはない。
私はいつも、母さんと父さんが思いを溢れさせるとき、黙って背中をさする。
私だったら、そうしてほしいから。
母さんはぎゅうぎゅうに詰めた煮物のタッパーの蓋を閉め、厚手のビニール袋に入れてくれた。今にも溢れ出しそうだが、いつものことだ。
一刻も早く帰るためタクシーを呼び、母さんはカーディガンを羽織ってわざわざ見送りに来てくれた。父さんは体調があまり良くないのに玄関のドアに寄りかかって小さく手を振る。
「じゃあ、また蜜樹と来るから。父さん母さんも無理しないで。いつもありがとう」
そう言うと、母さんは『智じゃないみたい』と笑って私の背中をさする。いつの間にか曲がった腰と細い手足。77歳となった両親と56歳の私と57歳になっていた兄。
「智、蜜ちゃんに渡す花ぐらいちゃんとしたのあげなさい。真ん中に穴が開いたみたい。身体に気をつけて。蜜ちゃんによろしく。果物ありがと」
母さんは私が手にしている主役のいない花束を見て言った。私は『そうだな』と言って笑い返し、タクシーに乗った。見えなくなるまで手を振る母さんと父さんに、素直な息子に戻って手を振った。