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蘇州の夜啼鳥
第1章 ランタンの月
…バルコニーの天井から吊るされていたドーム型の鳥籠のカナリアが、美しい唄を奏でるように啼いた。
中国人は小鳥好きと聞いていたが、本当のようだ。

「…これがすべてだ。
…確かに、俺は君が言うように最低の男だな…」

話し終えた頃には陽はすっかり落ち、辺りを薄墨色の闇がひんやりと支配し始めていた。

暁蕾は身じろぎもせずに黙っていた。

窓の外…対岸の家々の軒下に、橙色の古式床しいランタンが灯りを灯し始めた。
片岡は静かに立ち上がり、壁際の棚に置かれた洋燈に火を点けた。

「…結局、俺の傲慢さが二人の女を不幸にしたんだ。
だから、澄佳と別れた。
俺は妻を支えることが贖罪になると思ったんだ。
…けれど…」

…「貴方の貌を見ると辛いの。
私を愛してないのに優しく私のそばにいる貴方を見るたびに…私は自分が犯した罪を見せつけられる気がするの。
…澄佳さんを殺そうと、手にかけてしまった酷い…醜い自分を…。
ずっと見せつけられている気がして、辛いの。
…だから…」

…別れて下さい。

そう、ずっと執着され続けてきた妻に頭を下げられた。
それは、きっぱりとした拒絶の姿であった。

妻は片岡と別れると、直ぐにフランスに渡った。
…憑き物が落ちたかのようにすっきりとした貌で…
帽子のデザインの勉強をしたいのだと、目を輝かせて語った。

…自分がしてきたことは何だったのか…。

虚しさだけが、澱のようにつきまとった。

「…仕方ない。
すべては俺が悪いんだ…」

独り言のように、年代物のランプを見つめて呟いた。

「…澄佳さんてひとは…?」
背後から暁蕾の声が響いた。

振り返る先に、涙で潤んだ暁蕾の美しい瞳が片岡を見つめていた。

「…結婚したよ。俺なんかより何万倍もいい男とね…」

「…そう…」
長い睫毛が瞬きした拍子に、水晶のような煌めきを放つ涙がその白い頰をゆっくりと伝った。

片岡は小さく笑った。
「…何で君が泣くんだ?…シャオレイ…」

そっと手を伸ばす。
…暁蕾の美しい貌に、あと少しで届く。

「…解らない…」
首を振り、暁蕾は片岡を見上げていた。
…澄佳に生き写しの…類い稀なる美しい貌…。

暁蕾は避けなかった。

…あと少しで…手が届く…。

不意に…バルコニーのカナリアが、再び啼いた。

…片岡は、夢から醒めたかのように静かに手を下ろした。







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