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蘇州の夜啼鳥
第1章 ランタンの月
「…で?君いくつ?」
運河沿いの茶館に場所を移して、これからのスケジュールを決めようと言う話になった。
片岡はオープンテラスの席に座るなり再び同じ質問した。

「…日本人の男性って本当に失礼…。
すぐに年を聞いてくるんだから」
スケジュール帳を開きながら、女はじろりと片岡を睨んだ。
「いいじゃないか。おじさんには時間がないんだ。
知りたいことは今すぐ知りたいんでね」
陽気に笑いかけるが、女はにこりともしない。
「名前と年齢くらい教えてくれないか?
これから一週間一緒に過ごすんだから」

「…名前は祭 暁蕾…ツァー・シャオレイです。
年は二十三歳です」
木で鼻をくくるような返事が返ってきた。
「シャオレイか…。綺麗な名前だね。
どんな漢字を書くの?」
「暁の蕾です」
「…暁の蕾か…。
とても素敵な名前だ。
まるで薔薇の花みたいなイメージだね。
ご両親が付けたの?」
嫌味なく誉めそやすと、女…暁蕾は少し戸惑ったように呟いた。
「…私が生まれた朝…母が病院の庭にちいさな薔薇の蕾を見つけたそうなんです…。それで…」
「すごくロマンチックだな。
美人の君にぴったりな名前だ」
暁蕾はつんと澄ましたまま、ぱらぱらとガイドブックをめくった。
「…まず初めに行かれたいところはありますか?
今日はもう夕方ですから、博物館や美術館は閉館ですけどそれ以外ならご案内でき…」
「ねえ、君本当に日本人じゃないの?
母国語みたいな綺麗な日本語だからさ。
それから二十三歳てことは大学卒業してすぐ?」
じろりと切れ長の惚れ惚れするような美しい瞳が睨みつける。
「…ミスター・片岡。私の話、聴いてます?」
「聴いているとも。
まずはお互いをよく知ることが、この一週間を快適に過ごすコツだと思ってね」
「…中国人です。
日本語は留学していた日本の大学で学びました」
片岡は眼を細めた。
「大学はどこ?」
「上智です」
「すごいじゃない。
しかし四年間でそれだけ流暢に話せるなんて、君は優秀だね。
…どう?日本は楽しかった?」

暁蕾の眼差しがすっと氷のように冷めた。
スケジュール帳を閉じると、吐き捨てるように言い放った。

「いいえ、ちっとも。
日本になんか行かなければ良かったとすごく後悔しています。
…私は日本も日本人も大嫌いです」

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